あれも聴きたいこれも聴きたい-エレナ
 随分昔の話です。桂枝雀師匠と山下洋輔が対談した時、落語家とジャズメンの類似点は何だろうという話になりました。結局、どちらも世の中に何の役にも立たないことを一生懸命にやっているところだという結論でした。

 ですから、地球が滅亡するとなって、人類が宇宙に脱出することになったとすると、ロケットに乗せてもらう順番は最後になる。でも、最後になってもあいかわらず落語やジャズをやっている、そんなところが似てるんでっしゃろなあ~。

 ジャズの魅力はそんな軽味にあると思うので、この話は凄く印象的です。そんな話をこのアルバムを聴いて思い出しました。これはいいアルバムですよ。ええ。すかっと体が軽くなる。余計な気負いもなく、心が浮き立ちます。

 寺久保エレナはまだ高校生です。小学校の頃から北海道に天才少女ありと騒がれていたそうで、山下洋輔、渡辺貞夫、日野皓正といったジャズに疎い人でも名前は知っているジャズ・ジャイアンツが可愛がっているといいます。

 そんな彼女が満を持して放つデビュー・リーダー・アルバムがこれ。一緒に演奏するのは、主にケニー・バロン、クリスチャン・マクブライド、リー・ピアソンの三人。いずれもニューヨークのジャズ界に根をはる大物です。

 これだけ聴くと、いかにもレコード会社が金にあかして取り組んだ企画物っぽい感じがしますが、全然そんなことにはなっていません。とりあえず伴奏しましたってことでは全然ありません。正面からがっぷり四つだし、若い才能に出会って、おじさんたちものりにのっています。

 孫と一緒にジャズを演奏できるなんて、世の中も捨てたもんじゃないわい、なんて思って演奏しているように解釈してしまいがちですけれども、恐らくそんなことはないのでしょう。楽器を持って集まれば、皆が対等な立場になるのではないかと思われます。

 今回は「スタジオではほんとうに初対面。ぶっつけ本番といった感じでしたね」という演出です。17歳ということで「皆、信用していなかったようなところがあったのですが、音を出したらびっくり。皆、ただただ驚くばかりでした」そうです。

 「ケニーやクリスチャンが『凄いやつと会ったよ』と仲間のミュージシャンたちに言いまくっていた」ということですから、若い才能というやつは凄いものです。10歳代前半だと先が思いやられるわけですが、17歳くらいになっていればもう本物です。

 天才女子高生サックス奏者はスタッフにも恵まれているようです。丁寧に育てられている感じが伝わってきて心温まります。ジャズは1950年代に終わっているという人もいますし、フリー・ジャズばかりの世の中ですが、その中で何ともストレートな感じが嬉しいです。

 選曲もいいです。スタンダードからオリジナルまで。奇をてらうわけではなく、堂々たる横綱相撲。ブロウしまくっているというのではなく、しなやかな音の背景に若さの魅力があふれているというところで、何とも新しい、21世紀のジャズなのかもしれません。

North Bird / 寺久保エレナ (2010 キング)

(2015/4/29 Edit)