あれも聴きたいこれも聴きたい-Soft Cell
 ソフト・セルは、シンセサイザーを使ったポップスの開拓者の一人です。音楽に使われる電子機器は多様化しながら、一般化したため、シンセサイザーという言葉も今ではほとんど使われなくなりました。しかし、昔はシンセサイザーは特別な存在でした。

 特別な存在ですから、音楽に使用する際には、プログレッシブな使い方をするか、装飾音としてコズミック仕様をアピールするか、たいていはどちらかでした。隠し味としては使われましたが、正面からポップスに使うのは躊躇する人がほとんどでした。

 クラフトワークがいたではないかと言われるかもしれませんが、彼らは当時ポップとは言われていませんでした。ポップでしたけど。加えてシンセは非人間的な楽器ですから、黒人音楽との相性は悪いとも考えられていました。今考えればお笑い草ですけれども。

 こうしたタブーを侵して、ソフト・セルはシンセをポップスにちゃらちゃらと使い、ノーザン・ソウルとシンセを混ぜ合わせた新しい音楽の世界を切り開きました。これは目から鱗の大勝利です。一気にシンセも安くて新鮮な時代になりました。

 この作品はソフト・セルのデビュー作で、ソウルのカバー曲「汚れなき愛」の全米超特大ヒットを生んだ作品として名高いです。17か国で1位となり、全米トップ100に1年近くランクインして、1983年の年間ベスト10に入っています。

 しかし、この大ヒットは何かの間違いだったのでしょう。ソウルとしてヒットしたのですが、マーク・アーモンドのボーカルはリズム感皆無です。シンセの電子リズムでさえも歪んで聴かせてしまうほどのパワーです。ソウル界では一発屋に終わったのも当然でしょう。

 もちろん、彼は別の世界で活躍します。彼の真骨頂はトーチ・シンガーとしての姿です。トーチ・ソングとは、辞書によれば「主に女性歌手による失恋などを歌った感傷的な歌」などとなっていますが、安キャバレーの歌手の唄と言った方が分かりやすいです。

 この作品でも「汚れなき愛」はむしろ特別で、大たいはべたっとしたはねない歌を自己陶酔しながら歌いまくっています。そこが彼の魅力の最たるものです。そうして彼はトーチ・シンガーとして、今でもイギリスやフランスで大活躍中です。私もそんな彼にぞっこんです。

 エレクトロニクス担当はデヴィッド・ボールです。彼のねちっこいシンセ音は、機械にべたべたな粘液をぶっかけたようです。クールで冷たい音のはずなのに、マニュアル楽器以上の人間味が現れています。

 デヴィッドとマークはリーズの大学で出会ったそうです。金のラメのズボンを履いていたマークが最初にしゃべったのがデヴィッドだということです。デヴィッドの母親の援助で最初のレコードを作ったというエピソードが、何だかべたべたしていて素敵です。

 この作品の中では、「さよならと言って別れて」が彼らの本質を表わすベスト・トラックだと思います。マークは歌い上げるのですが、突き抜けない。自分の中に歌声が下りていって陶酔をもたらしている、そんな風情が彼らの真骨頂です。

Non-Stop Erotic Cabaret / Soft Cell (1981 Some Bizzare)

(Edit 2015/3/7)