最近twitter上で、日本の自主核武装の是非を問うべく、さまざまな意見の方にお声をかけて議論して頂いている。
ただ、現在の日本で核武装を支持する人はとても少ない。
2023年現在、韓国では7割を超える人が核武装を支持しているそうだ。

私はtwitter上でプーチン大統領支持を表明しているため、核武装に輪をかけて反発を招きやすい。
そのせいで議論が進まないのだが、自国の安全保障に関する議論にプーチン大統領は関係しないため、また後日支持理由はまとめる(書いてはいるが、経緯や前提が複雑すぎてなかなか脱稿できない・・・)。
私は日本の自主核武装を支持する。
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自主核武装を支持する理由の根本には、日米安全保障に関する問題意識がある。
米軍は対日防衛義務を負い、日本が有事の際には米兵が血を流すことになる。
しかしその逆のケースにおいて、自衛隊員が血を流してアメリカ国土を防衛することはない。
この一点だけを取っても、日米安全保障条約は不平等条約である。
※アメリカ合衆国日本州を守るのだから問題ないだろう、と皮肉を言うこともできる。むしろその方が実態に即している。
私たちが日々食事をし、床に就き、家族で語らうその時間の安全は、米兵の命によって保障されている。
言い換えれば、他国民の命を金で買っている。
民主主義国家の主権者として、私たちは意識的に、あるいは無意識的に、この不道徳を日夜行い続けている。
その不道徳な決断に対して、我々が払っている代償が「主権の喪失」だろう。
ここ数年顕在化してきたが、日本政府は日本国民のための政策を実施することができない。
日本政府とは、かつての「年次改革要望書」、現在の「日米経済調和対話」を受け取り、アメリカの利益のための政策を粛々と実行していくだけの出先機関である。
直近で言えば、国内の酪農家に牛乳を廃棄させ、安全性の担保されていないアメリカ産の乳製品をせっせと輸入する姿に、如実にそれが表現されている。
このような自虐的政策には枚挙に暇がない。
まとめると、私の日米安全保障条約に対する問題意識は
① 道徳上、他国の兵士に金を払って命を賭けさせた上での安全保障などあり得ない。
② この不道徳な安全保障の対価が「主権」であること。
この2点である。
ゆえに、まず私は日米安全保障条約の改正と在日米軍の段階的な撤退を訴える。
専門家ではないので、具体的な改正内容は明示できないが。
憲法9条を信奉する方も、ここまでは同意頂けるのではないだろうか。
9条が国防の切り札として機能するのであれば、日米安保も在日米軍も必要ないだろう。
「自分の手は汚したくない」
「でも自分は安全に暮らしたいので、お金と主権を引き換えに命を賭けて守ってほしい」
などという平和主義者とは、議論の余地がない。
2
在日米軍の撤退が実現できるとして、アメリカから主権を取り戻し独立した日本が、核武装抜きに単独で安全保障を成立させる得るのかどうか。
私は核武装を支持しているというよりも、日本が真の独立国となることを願っているだけだ。
そのために、素人なりに考えて、現時点では核武装を支持している。
核無しで目的が達成されるならば、もちろんそれに越したことはない。
下のリンクは、私が尊敬する経済学者、中野剛志氏らが核武装を否定する記事だ。
※ただしこの記事では、あくまでリアリスティックに、日米安保を維持する前提で書かれているように読める。

記事内で中野氏は、日本が核武装したとしても、中国に対して核が抑止力たり得ない理由を3点挙げている。
① 中国と日本の国土面積に差がありすぎて、相互確証破壊が成立しない
② 核兵器では尖閣諸島を守れない
③ 日本の核武装は中国が軍事侵攻してくる口実となる
しかしながら、私は次の2つの事実から、核兵器の安全保障上の有効性は捨てきれないと考える。
ひとつは歴史上、核保有国同士で戦争が行われた例がないということ。
かつて3度戦争を行ったインドとパキスタンも、1975年のインド核保有後、軍事的衝突は何度もありつつ戦争には至っていない。
直近のロシアによるウクライナ侵略(私はロシアが主張する「特別軍事作戦」という呼称を支持している)にしても、1994年にブダペスト覚書が交わされることなくウクライナが核を保有し続けていれば、違った歴史もあり得たと思う。
もうひとつは記事でも指摘されているように、通常兵器による戦闘は多くの人が死ぬという事実だ。
核が抑止力として機能するならば、助かる人命がどれほどあるだろうか。
在日米軍抜きで日本の安全保障を考えた時、そもそも戦争を避けるために、現状私は日本の自主核武装を支持する。
3
ここまで自分の考えを書いてきたが、素人がない頭をひねって考えたところで、正直答えなどわからない。
わからないが、少なくとも核武装論者は今日本の中でかなりの少数派であり、非難されることも多い。
その衝突の中で、安全保障や国防への関心が高まり、議論が深まっていくことを願って、あえて「私は核武装を支持する」と表明している節もある。
核武装すると日本が言い出した場合、エマニュエル・トッドのようにそれを支持してくれる人、是が非でも止めようとする人、その立場と思惑を炙り出すこともできるだろう。

割と多くの日本人が、憲法9条や非核三原則について「自分の意志でそれを支持している」と考えているのではないだろうか。
しかし憲法9条はすでにその有効性を歴史に否定されたケロッグ=ブリアン条約の焼き直しに過ぎないし、非核三原則は実態に即していえば「(日本には)持たせず、作らせず、持ち込まない」とアメリカが押し付けたものだ。
日本から主権を取り上げ、自分たちの保護領としておくために。
核武装に関する議論は、こういった認識への呼び水になると思う。
取り留めのない文章になってしまったが、ここまでお読みいただけた方に感謝申し上げる。