2024. 4. 17 産経新聞「満韓あちらこちら28」

喜多由浩 (編集委員) 氏

ハルビン物語─

伊藤博文、樋口季一郎も出てきます。

〝ハルビンのユダヤ、ロシア人〟

　〜多民族国際都市〜

「北満の中心都市」と呼ばれたハルビン (現中国黒竜江省)、漢字なら哈爾浜。

アジアとシベリア (※その先のヨーロッパも) をつなぐ鉄道の要衝。

ロシア、ユダヤに満洲国が掲げた五族 (日、満、漢、蒙、鮮) の7つの民族が混在する国際都市。

それゆえ各者の思惑が交錯し、諜報部員がせめぎ合う最前線…。

そういえば、明治42 (1909) 年、日本の初代首相を務めた伊藤博文が朝鮮人の安重根に暗殺されたのもハルビンだった。

戦前・戦中の満州

「東洋のモスクワ」

地形的には満州のほぼ中央に位置するハルビンは、松花江(しょうかこう) 河畔の寒村に過ぎなかった。

発展は、帝政ロシアが19世紀末から進めた、満州内を横断する「東清 (支) 鉄道」の建設による。

鉄道の要衝となったこの街でロシアは首都モスクワを模した都市計画を行う。

この地には迫害や革命などさまざまな理由によってユダヤ人、白系ロシア人のコミュニティーも形成されてゆく。

日本がハルビンにかかわるより前のことだ。

日本が、日露戦争 (1904〜05年) 後に満州に得た権益は、それより「南」にある長春 (後に満洲国の首都・新京) 以南の鉄路 (大連・旅順まで) と駅周辺の鉄道付属地、撫順(ぶじゅん) 炭鉱などだから、ハルビンは含まれていない。

日本人が改めて都市計画を行うのは満洲国建国 (昭和7年) 後のことになる。

10年にはソ連から先の鉄道を満洲国が買収し、運行は満鉄 (南満洲鉄道) に託された。

だが、ロシア色は依然濃い。

『満洲概観　2596年版 (※皇紀、昭和ならば11年)』(満鉄総務部編)を見てみよう。

見出しは「ロシヤ気分漂ふ国際都市・哈爾浜」。

《今なおロシヤの色彩が濃厚で、さすがに、往時のロシヤの勢力が偲ばれます (略) 全市十三ケ所に散在する寺院の、玉葱型のドームは、今なお帝政の盛時を語り》

ハルビンのロシア正教会

＝国立国会図書館デジタルコレクション「満洲概観 2596年版」満鉄総務部編から

幻の受け入れ計画

日本は満洲国建国以降、それまでかかわりが薄かったユダヤ人問題とも向きあうことになる。

その主たる場所がハルビンであった。

昭和13 (1938) 年3月には、「オトポール事件」が起きた。

ソ満国境の鉄道駅、オトポールでヨーロッパから逃れてきたユダヤ人が行き場を失っていたのを当時、関東ハルビン特務機関長だった樋口季一郎 (陸軍中将、1888〜1970年) が「人道問題」をタテに、満洲国への入国 (通過) に尽力した、とされる事件だ。

樋口著『樋口季一郎回想録』を参照しよう。

在ハルビンのユダヤ人による樋口への謝恩は、ユダヤ資本の名門ホテル「モデルン」で開かれた。

樋口は演説でこう述べた。

「 (ユダヤ人に対する追及・追放は) 人道主義の名において、また人類の一人として私は衷心(心の底〜から) 悲しむ」と…。

ドイツから寄せられた抗議も、「日本はドイツの属国ではない」と突っぱねたという。

ハルビンでは3度、極東ユダヤ人会議も開催されている。

当時、一部の日本軍人らの間で、満洲国内にヨーロッパなどから逃れてきたユダヤ人を相当数受け入れ、定住を図るプランも持ち上がっていた。

アメリカなどに在住するユダヤ人の資本力によって、満洲国の経済を活性化させることや、対米融和につなげたい思惑があったらしい。

何しろ日本軍には日露戦争の戦費調達を、米在住のユダヤ人企業家に助けてもらったという〝成功体験〟がある。

つづく〜

#漱石が見た新世界 (57)