いいじゃん。

そんなに 一生懸命 自分に言い訳しなくても。

いいじゃん 

あの人、嫌い!って 思ったって。

あれ?

いいんだ。


きらいな人を なんとか好きになろうと 

そんなに がんばらなくても いいんだ。

なぜだかわからないけれど 

すごく 好きになろうと がんばってしまっていた。


あぁ、がんばってた。

気づかなかったけど がんばっていたんだ。


いつも アタマの片隅に あって

どうにも すっきりしなくて


「きらいでもいいんだ」

「わたしが」そう思うことがあってもいいんだと

わたしにやっと 許せたような

そんな今日でした。


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今日はとってもいいお天気で、部屋のお掃除をはじめたら

掃除機が突然動かなくなってしまい、中断。

掃除機のフィルター部分を 丸洗いして 水気を拭き取るのに

そのとき手にしたタオル。

それは、イタダキモノだったのでした。


そのタオルを目にする度に 使う度に思い出す ある感情。

その感情を なだめて コントロールしたつもりになって

気にしていないふりをして…


「タオルは悪くない」と、捨てるのも気が引けて

なんとなく使い続けて、 でもやっぱり 気になる…

モノはモノ、って 割り切っていたつもりでした。


でも今日、そのタオルを手にしてベランダに出たとき、

急に隅々、きれいにしたくなって

手すりや 物干し竿はもちろん、エアコンの室外機や

窓ガラス、サッシの隙間まで

タオルが真っ黒になるまで 掃除しました。



掃除しているときに、

心がすっきり 軽くなったのでした。


そして、ありがとう!きれいになったよと 

真っ黒タオルをゴミ箱へ。


あああぁー すっきり♡




ああーー なんだか

肩の力が スーッと抜けたように

胸のつかえが 降りたように

あぁ、 すごーく 楽になった。



いつから こんなに

好き嫌いの わからないような状態に

なってしまったんだろ。



好き嫌いが はっきりしすぎていたあの頃

もしかしたら 「好き嫌いが激しすぎる」ことを

誰かに咎められたのかもしれないし

痛い目にあったのかもしれない。

全然、覚えていないけれど

こどもの頃は 好き嫌いが とっても 激しかった。



「好き嫌いをはっきりする」ことを 自分に

いつの間にか 許さなくなっていた。

きらいでも、好きでも、感情を動かさないように

傷つかないように 恥をかかないように 自分を知られないように

誰かを傷つけることで 自分が傷つかないように

自分なりの 身の守り方だったのかな。




わたしの こどもは 

人とのやりとりが好きなようで いつもニコニコとごきげんだけれど

たまーに、いやだと思う人に出逢うと 全力で泣く。



こどもは、そうだよね。

自分の気持ちを、その時感じた気持ちを 

ストレートに 正直に わかりやすく 表現する。


うれしいとき、かなしいとき、嫌なとき、怒るとき…

それはそれは 全身を使って表現する。


ほんとうは、わたしも そうしたい。

うれしいとき、飛び跳ねてよろこびたいし 手を叩きたい。

嫌なことは いやだと 言いたい。



相手が どう受け取るかを 考えずに

相手に 「こう受け取ってほしい」と アタマを巡らせずに

相手の気持ちは 相手に任せて

自分の気持ちを 表現することが できたら…!


わたしだって もっと素直に表現してもいいよ、ね。

まずは出てきた感情を 「いいじゃん」って 受け止めることから。

消そうと思わなくていいし、 なかったことにしなくても いい。

全部わたしの一部だもんね。

少しずつ… すこしずつね。


あぁ、へんなところに がんばってるなぁ。

気づいて、出せて、よかったなぁ。

出せるところがあって よかったなぁ。