みなさまこんにちは😌
アラサー限界看護師の
melty(メルティ)です
今日は私の幼少期、学生時代の
お話をさせていただきます
やはりこの時期は両親の影響が
大きく関わってくると思うので
私の両親についても
触れていきたいと思います
両親にはそれなりに
厳しく育てられたと思います
父は思いやりがあって
相談する度に寄り添った
回答をくれました
父自身も仕事で
苦労していた時期があり
恐らく仕事をせず
休養期間があったのでしょう
積極的に部活の応援や
写真を撮ってくれることが
よくありました
私の持ち前の明るさと
大きな声
自分が試合に出ていなくても
一生懸命に応援をする
そこを顧問が買ってくれていて
試合の観戦に来た父に
よく話をしていたそうです
父はそのことをとても
誇りに思ってくれていました
ただ、子どもながらに
父に対して違和感を
覚えることがありました
冬には、よくスキーに連れて行って
もらっていたのですが
時折、リフト券やその日の
食事代はそれぞれ各自で
払うようにと言われていました
(お金に困っていたんだろうか?)
機嫌が運転に出やすい
何か悪いことをした時は
鉄拳で制裁する
(もちろん子どもならではの
悪いことはたくさんしてました)
勉強を見てもらっている時も
問題を間違えると
よく叩かれていました
恐いと感じることも
ありましたが
普段は陽気で冗談ばかり言う
優しい父で慕っていました
一方で母については
正直あまり良い思い出が
ありません
幼少期は特に母に
優しくされた
褒めてもらった
甘えさせてもらった
という記憶が一切ありません
大人になった今では
不器用な人だったんだな、と
思います
母の日にプレゼントを渡しても
『お金が勿体無いから
そんなもの買わなくていい。』
成績が上がっても
『まあまあだね。もっと頑張れ。』
という感じでした
私はいわゆる
"お調子者タイプ"だったので
少々自慢気に話すことも
あったので
それも要因だったかとは
思いますが…
ただ一言だけでも
『すごいね、よく頑張ったね。』
と褒めてもらいたかったと
今でも思います
良いことに対しては
この程度でしたが
問題は相談事や悩み事、悪いことを
した時の母の反応です
小・中・高の女子に
付き物なトラブルと言えば
友達関係の悩みです
私はHSP気質だったので
とにかく他人が自分をどう思うか
嫌われていないか
好かれるにはどうすべきか
をとにかく気にしていました
どの学生時代にも
女子同士のトラブルを経験し
辛い時期がありました
そのことを母に相談した時は
『お前はなんでそんなことで
メソメソする?』
『他にも友達が居れば
その子と仲良くしてればいい。
そんな奴ら気にしなければいい。』
『お前は普段調子がいい癖に
そういう時ばかり弱い奴だな。』
と言われました
普段滅多に弱音を吐かず
相談をしない私ですが
勇気を出して打ち明けたんです
でも返ってきたのは
このような言葉でした
悔しくて悔しくて
泣いたのを今でも覚えています
寄り添って欲しかったのに
『辛かったね。』と認めて
もらいたかったのに
私は辛いことは母には
話すべきではないと
子どもながらに学びました
自分が辛くなるだけだ、と
何かと兄妹と比べられることも
多かったです
私自身、兄妹の中で1番
出来が悪いことは自覚しています
主に勉強面ではなく
私生活や金遣い等で
(笑)
朝起きられない
時間にルーズ
物事を計画的に実行出来ない
何事もいつもギリギリ
金遣いが荒い
(学生の時にリボ払いや
エステの契約をして家を
追い出されたことあり)
これらに関しては、もちろん
私に非の打ち所しかありませんが
ことあるごとに母から
『お前は本当にだめな奴だな。』
『〇〇を見習え。』
『なんでお前だけ、いつも
そうなのかね。』
『お前を見ていると心底
腹が立つ。』
と言われてきました
また幼い頃から社交性があり
友達のお母さんにも
積極的に挨拶をして世間話を
よくすることがあったのですが
『あんたのそういうところは
すごいと思う。あたしにはあんた
みたいにできない。
外面が良いとも言えるけどな。』
と言われたことを今でも
覚えています
良くも悪くも母に
"すごい"
と言って貰えたのは
この時だけです
ただ、社会人になって
貯金残高1桁万円という
窮地に立たされた状況で
助けを求めた時は
すぐに助けてくれましたが…
意外にも罵倒されることは
なかったのですが
ほとんど呆れていたのかも
しれませんね
ただ、助けてもらえたこと
本当に有難く思いました