昨日はバレンタインでしたね💕💕💕
オトナ女子なワタクシは職場の方々に配りましたよー♫
はい
誰がなんと言おうと
バレンタインは
社会における立派なコミュニケーションです!ドヤるワタクシ
今の職場では、私は有期間で総務事務をしています。
庶務歴はそこそこあるんですが、
同じ事務職でも総務となるとまた別世界✨
気配りのレベルが段違い〜〜〜‼️
あまりにも細やかな気配りが求められる
たす。
(私にとっては)あまりにも膨大な人の顔と名前を覚えるなんて(ザッと数えただけでも100人は楽々こえる…)
キャパオーバー‼️
ちぃーーーーーーーーん……………
私以外にももう一人、事務員の方がいるんですが、
彼女が まぁーーーーーーーーースゴイ‼️
その膨大な人の顔や名前、家族構成やら住んでる場所までほぼほぼ熟知‼️
前職もサービス業だったので気配りが細かい‼️
……………ここで終われば『スゴイわー。出来るひとだわー✨』ですんじゃうんですが💧
人へのチェックも細かい細かい‼️
言葉や性格もキツくて
(自他共に認めているらしい…)
洗い物するにしたって
『私がやるのでやらなくていいです‼️』
…私は何故、ここ(の職場)にいるのでしょう……………
毎分毎秒チェックされて注意されるだけでもかなりのストレスなのに
なんか下に見られてる
そんな雰囲気をバシバシ感じる…
最初の頃はめちゃくちゃストレスだったんですよ
でも、いつまでもストレスでどょおーーーん…ってなっちゃうのがあまりにも心地よくなかったので、自分の内観をしてみることに
ここで心がけたのは
絶対に自分の想いをジャッジしないこと
湧き上がる想いに余計な色を付けずに
ただそのまま認めてあげること
そしたらば
私は彼女が嫌いでした。
そして、それをいったん
『そっか』って認めたんですね。
私は彼女が嫌い
それが正直な気持ちなら、それでもいいじゃん
無理に『違う‼️』っていい人装ったって
余計に『嫌い』な方へ気持ちが行ってしまう
気持ちが小さく凝り固まったまま
いつの間にやら彼女を『嫌いなひと』というテイで見てしまう
嫌ってもいいんだ、大丈夫だ、って認めてあげたあとの気持ちは
なんていうか、自由で制限がなくなって
彼女のことを、一歩ひいた目線で見られるようになりました
彼女は
私が!私が!が言葉の端々に出てくる
いわゆる我の強いひと、ってのに気付いて、
それって
私が昔からよく言われてたことで
(私が!とは言ってなかったけど💦)
そして
彼女の その我の強さってなんで?どこから来てるの?
って掘り下げていったら
自分を認めてほしい
って気持ちがあることに気づきました。
彼女自身が自分自身を認めてあげてない
だから
自分以外の誰かからの評価がほしい
『やっぱりあなたじゃなくちゃ!』って
周りから一番、必要とされる存在でありたい
周りの評価を求めている間は
永遠にそれを追いかけている間は
キツイよな……………
人からの評価なんてその時限りだし
自分の目の前に現れた人は
実は自分の内側にいる自分が具現化したもの
少なくとも、
今の私は彼女を嫌ってもいいって思ってる
自分を信じて、自分の本心を採用することを認めてる
自分のことを、今は全て抱きしめることができる
だから、心の中で彼女を抱きしめました。
別にそこまでして自分に無理させなくったって
大丈夫だよ
自分のままで
大丈夫 大丈夫だから
彼女のことを認めだしてからは、私も私の気持ちを出すことに抵抗がなくなって
(それまでは人の評価に無意識のうちに流されまくってた💦)
ちゃんと対等に、彼女の意見も汲み取りつつ
自分の意見も言うことが出来るようになって。
(この辺りから【マウンティングされてる】から【意見を言ってくれてる】への意識のシフトチェンジが行われています)
いつのまにか、彼女の態度が変わっていきました。
それって多分
私の彼女を観る目が変わったから
相変わらず好きじゃないですよ
多分、LINEの交換〜♫なんかはやらんと思う
でも、私の中にいる彼女を抱きしめることは出来る
彼女の『認めてほしい!』って気持ちを
『よっしゃ!わかった!』
って、どーんと受け止めることは出来る
愛の反対は嫌いではなくて無関心
愛も嫌いも、自分のベクトル(関心)は相手にむいてるから、出身は同じなんです。
ただ、それに乗せてる意識が違うだけ…
嫌いの中に愛がある
それを認めることで 世界は広がっていく
今回 『愛なんだ!』ってタイトルが出た瞬間にアタマに流れたのは(やっぱり)こちら💁♀️
(昔の看板番組『学校へ行こう!』の“未成年の主張”のコーナーがめっちゃ好きだった)
むかーーーしカラオケでよく歌ったなぁ…
カラオケ、行きたいなぁ……………
今日もありがとうございました!