学校からバイト先へ移動する時、玉川上水を横切る。


春は桜吹雪がやばくて、5月は新緑がまぶしくて、

梅雨時は自転車のタイヤがが滑って大変だけど、珍しい白いアジサイに癒されるから良くて、

夏はここだけ日陰で涼しくて、秋は落ち葉がカサカサ楽しくて、

冬は小学生が少ない雪で一生懸命に雪合戦をしている、

と、いう風に、季節ごとに美味しい空気と和みのひと時と与えてくれる玉川上水。

ここ数年の私の心のオアシスだったけど、

今日ふと信号待ちで遠巻きに眺めてみて、意外と紅葉が綺麗だったことに気がついた。



「あのお山、カレーライスみたい!」「あ、あっちはチャーハンみたいだ!」

↑↑は、子どもの頃、家族で出かけた時の私の一言。

茶色や黄色をベースに所々赤や緑が混ざった山を見て精一杯例えて見た一言。

折角の綺麗な紅葉なのに!と、車の中でみんなに笑われたのを覚えている。

山の中で育った私にとって燃えるように色づいた山々もカレーやチャーハンと同じくらいに身近なものだった。


その頃と比べると、今見ている東京の紅葉はカレーライスたった一口分に過ぎないと思う。

玉川上水はいつも癒してくれるからポイント加算して……それでも二口分くらいかな。

確かに一皿分にはとうてい及ばないのだけれど、

なぜだろう、ぱっと一目見たときの感動は全くもって変わらないような気がする。


都会の少ない自然にも満足するようになってしまった、といえばちょっと寂しい話だけど、

逆に、東京でもこんな紅葉を目にすることが出来るのが嬉しいね。


人の渋滞が起きているナントカ山なんて、行かなくてもいいくらい。







友達のフィリピン土産のポーチと、また別の友達の韓国みやげのミラーがピッタリサイズで

なんだかほくほくして毎日鞄に入れて持ち歩いている今日この頃。

お土産といえばいつもお菓子を買ってくる私ですが、形に残るものもいいね。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



それはそうと、このまえ友達に誘われて浦和をブラブラしてきました。

7つのナントカ浦和駅があるうちの、ノーマル浦和駅で降りて、西口から散策開始。


商店街を行ったり来たりし、メキシコ料理屋さんでタコライスを食べた後、つきのみや神社へ。

商店街はかなり素敵な雑貨屋さんが何件かありました。

あと、横丁風の商店街も発見…狭い通路の中にお惣菜屋さんのいいにおいが充満し、かなりディープな雰囲気。

つきのみや神社はウサギさんと縁の深い神社らしく、手水舎ではウサギさんの口から水がでてました。ありがたくお清めさせていただいたり。

そういえば、奈良に行った時には、宇陀市の宇太水分神社の手水舎にカエルがいました。もしかしたら他にもバリエーションがあるのかも。これ目当てにあちこち巡るのも面白いかもね。


お次は東口方面に移動し、パルコ内をぶらぶらすることに。

若い子達が沢山集る所のは上から下までファッションフロアで適度に雑貨屋さんもある感じだったり、郊外にあるのはファッションフロアを少なくして地域のお役立ちスペース的なフロアにしたりと、

ああいうデパートってまちによって変わるので、浦和のはどんな感じかとワクワクしながら入ると……



                           

セー  レー  ブー!!!!



お洒落で洗練されてて高級感漂う感じの内装・テナントチョイスのパルコでした。

埼玉の人は大宮か池袋に遊び&買い物に行くって聞いていたので、まさかこんな所に(といっては失礼ですが)こんなデパートがといった感じです。


歩けど歩けど面白いものが全く尽きない町、浦和(笑)

一日にしてポイントがぎゅいーーーーーんと急上昇したのでした。


そして、

改めて都会はすごいなと感じました。

新幹線とか長距離列車に乗ると良く分かるのですが、

田舎は町と町との間隔がとてつもなく広いです。しかも間に山有り田にあり、橋有りトンネルあり。

例えば秋田新幹線だったらそれが秋田県内の話で、

岩手に入って盛岡辺りからしばしば町が見えるようになって、

栃木か埼玉辺りからは町が途切れなくなって、

低いお家ばかりじゃなく今度は高層ビルが増えて、終点東京駅に着きます。


その車窓から見た浦和の風景を思い返せば、まあ分かりきったことではあったのですが、

駅から離れても離れても、栄えてる部分が終わらなくて、町の境目が見えないことに

今日はほんとに驚かされました。

人口が都市に集中するとは、こういうことなのかと。

 ちょっと前に白川郷にいってきました。

テレビなんかでは見たことあったけど、やっぱあそこの風景はいいですね。

何がいいかって、単なる「美しい」とか「風情がある」とかいうような心で感じるよさもありますが、

雪に耐えたりカイコを育てたりするために長い年月をかけて磨き抜かれてきた、あの家の造りがまず良い。

で、村で入手出来る材料と村のみんなの力(だけ)で家を建てたから揃いも揃ってああいう風なんだろうけど、その揃ってる感もまた良いって思いました。

 建てる人の好みや一過性の流行とかによって色や素材が自由に決まった建物がいっぱい建って何だか分けわかんなくなっているそこらの町より、白川郷みたいな古い集落の方がよっぽど好きなんです。なんか、心があるし、文化がある。

 ところがですよ、白川郷の合掌集落とはちょっと離れたところに「合掌造り民家園」ていう所があるんですけど、そこがすごくて、(内容が濃くて)ぐらっときてしまったんですよ。

白川郷合掌集落よりさらに山奥に40年くらい前まで加須良っていう集落があったんですけど、

そこの人が全員ふるさとを捨て、他の町へ出てってしまって。その集落の空き家たちを移築してきたのが「合掌造り民家園」らしいんですよ。

もともとそんなに大きくない集落だったからお医者さんがいなく、冬にはハンパない量の雪が降る。急病人が出たときには苦労して町まで医者を呼びに行っても往診を断られることもあり、それで命を落とした方もいたそうで、子どもが死んじゃったていうお母さんの話には号泣しちゃいました。

時代的にも、もっと便利な生活がしたい!!って、生活の改善を求める声が高まった頃だったんだろうと思います。しかもその想いたるや、現代人の私が同情して汲み取れるような感情ではなく、想像以上の強い気持ちだったはずです。

どうしても都会の方から便利になってくもので、その流れに取り残された田舎の人が、不便な土地を離れようとするのも当然なこと。

 加須良の人たちのような想いとその背景を知ると、簡単には「古い集落が好き」とか言えないなと思いました。

いや私なりにちゃんと理由があって好きなんですけど、生活改善への想いがビッグウェーブになってたことを、受止めないといけないと思いましたー






バス白川郷アクセス

飛騨高山から高速バスで約1時間

(片道¥2,400、往復割引もありました)

テスト期間になると、決まってそわそわする。

落ち着かなくなってて何をするかといえば、定番はやっぱり部屋の模様替え。

友達だと、ネットとかmixiに明け暮れる人もいるみたい。


私も、レポートを途中で挫折して……

今日から日記を再開することにしました。