その日は夕方から友人と待ち合わせ。大学生の友達の授業が終わるまで時間があったので某有名チェーン店のカフェに入った。


場所は東京。地図アプリで探した限りではいくつか店舗があるみたいだが、外の日差しは強く、パソコンが直に入った肩がけカバンのストラップはずっしりと肩にのめり込んでいる。

とりあえず一番近くにある店舗を行き先に設定すると、疲労が被さない程度に近いことが判明した。出発する最初の段階(方向を探す)がいつも難点とするところだが、運良く成功し少し歩けば見慣れた看板が目に飛び込んできた。

いくら馴染みのあるチェーン店とはいえ、一度も訪れたことのないその店舗に少しの期待と緊張を持ちながらドアを引いた。

まず最初にカウンターが登場し、後ろには小さな席が羅列している。カウンターの店員の視線が一斉にこちらを向いた。駅近とはいえ、そこまで目立たない場所にあるし、小さな店舗だろうか。一昨日行ったばかりの最寄りの同じチェーン店を思い返した。席を探すふりをしてカウンターの店員たちの視線をくぐり抜ける。奥に入ると曲がり角があり、そこにもう少しまとまった空間があることが分かった。まだギリギリ午前中だったこともあり、いくつか空席がある。後ろに人のいないソファのある席を選んだ。店内にいるお客さんは基本大学生で、パソコンでなにやら作業をしていた。高校生はちょうど期末テスト期間で、もう少し時間が遅れればテスト勉強や友達と談笑をしに来る高校生の姿が見えたであろう。

荷物を置きカウンターに行くと待ってましたといわんばかりに店員さんが迎え入れてくれた。他に並ぶ客はおらず、なるべく無言の待機時間を作りたくなかったため、メニューをさっと見ては特に何か別のものに挑戦するわけでもなく、飲み慣れまくったいつもの抹茶フラぺチーノを注文した。友人がこのカフェ(別の店舗)で働いているのをきっかけに、最近店舗ごとの雰囲気や店員さんの空気感を意識するようになった。今客がおらず一番余裕のある時だからかもしれないが、この店舗の空気感はなかなかよさげである。いつもより一層丁寧で物腰の柔らかそうな店員さんたちが集まっていた。

メニューを指差しながら、なるべくスムーズに注文をする。すると、顔こそじっくり見なかったものの、先ほどの残像で1つ結びをした店員さんが注文した商品を丁寧に繰り返した。その瞬間私はやや不自然に勢いよく顔を見上げ店員を見つめた。メニュー表を見る私に落とされた柔らかい声が低かったからである。

顔を見上げると柔らかい雰囲気が印象的の男性がこちらを見て微笑んだ。

そう、女の子ような可愛らしい見た目をした男性だったのだ。私は残像から勝手に自分の中で声域を設定し、その声域にとどまらなかった声に本能的に反応したのである。

自分の勝手さが引き起こした驚きを隠すように一度メニューに視線を落とした後今度は店員さんと真正面からアイコンタクトを取り微笑み返した。

注文が終わり、右に移動して受け取り場所で待つ。同じ店員さんが私の注文した緑の飲み物を抱えながら、

「只今抹茶フラペチーノの準備をしております、少々お待ちくだいませ」

とまた柔らかい表情でこちらに微笑んだ。

少し沈黙が流れたのち、

「あの、さっき言い忘れたんですけど」

と突然その店員さんが口を開いた。

「はい」

と、少しの緊張と予想外の出来事を噛み締めながら慎重に返事を返す。

「カスタムってしたことありますか?」

ないといえば嘘となるし、とはいえあるというほどしたこともなかった。

「ないです」

もちろんそう答えた。そうすれば続きがあると思ったからだ。

「今、この抹茶フラペチーノってシロップが入ってるんですけど」

そうやって説明をする声はやはりとても丁寧で居心地のいいものだった。

その時、自動ドアが開き、大柄な男性が入ってきた。

「あ」

一瞬にして先ほどまでのゆっくりと流れていた時間が途切れ、店員さんも私も何かから覚まされたようにそう口にだした。

店員さんは一言いってからお辞儀をし、他の男性が抹茶を受け取り代わりに完成させるのであった。

もっと話していたかった。直感的に、そしてあくまで自然にそう思った。

人の持つ雰囲気というのはとても興味深く、そして魅力的なものである。服装などと違い決して目に見えることのないそれは確かに存在し、時に惹きつけられる。その人の素性や過去を一切知らなくても「その人」が分かるのである。

抹茶を受け取り、さっきの続きはどうしようか考えていた私だが、まさかそこで待機して「続き教えてください」なんて言うわけもなく、大人しく席に戻った。大柄な男性が来たのをきっかけに店内に次々と新しくお客さんが入ってくる。たまに聞こえるあの店員さんの声を左耳で聞きながら、さっきの出来事に浸るのだった。


「只今モバイルオーダーのドリンクを準備しております」

と女性店員の声が響き渡る。モバイルオーダー。一度は使ってみたいななんて思ったこともあったが、危うくこんなやりとりを全て無くしてしまうとこだった。とはいえ、私がこの店舗に通うこともないだろうし、このような出来事は仮に他の店舗に行ったところで起きないだろう。


少しの切ないような、そして温かいような感情を胸に抹茶を舌の上に流れ込ませると甘いシロップの味が口に広がった。

ああ、こんなに甘かったっけな。


すっかり混んだ店内で並ぶ人を盾にこっそりと店内を出た。

店内を出る途中、横並びで座っていた女の子たちがあくびをしながら

「なんか起きたら人が増えてた……

とのんびりとした口調で言った。


自動ドアから出ると、先ほどと対して変わりない日差しが腕に当たり、「もうすぐ夏だよ」とまるでセミのように教えてくれた。


友人と会い、ネットで調べておいた喫茶店に入る。混んでいるせいか、老舗喫茶のわりに、先ほどのチェーン店よりも明るく賑やかな雰囲気に微かな疲れが体に蓄積されるのを感じた。音楽と人の声が溢れかえり、そんな音に負けじと、友達と会話のやりとりをする。店員さんが水滴のついた水と一緒に黒い縁に囲われたメニューを運んできた。まださっきの抹茶に入ったシロップの甘さが残っていたが、乱雑に選択をし、喫茶店名物のパフェを頼んだ。食べたくて頼んだのではなく、この場所に適した「正解」を選ぼうと頼んだ。

もう満足しているはずの甘さをやや無理やり、そして味わうこともせず歯止めの効かないスピードでスプーンを次々に口に持っていった。生クリームの甘さを強気で喉に流し混む。長いスプーンの先は早くも下部のコーンフレークに到達し、微かに硬い感触が右手に伝わった。


声を張り、会話のスピードを徐々に上げていく。後半、喉が少しずつ枯れていくのを感じながら、背中が少し張ったのが分かった。


帰り道、暗くそして夏の湿度を感じる中、人混みに置いてかれないように駅まで流されるように歩いていく。湿気が首にまとわりつくのを口に出さず、ただただどうでもいいことを友人に一方的に話した。

少しでもペースを取り戻すため、イヤホンをし、ゆっくりとした曲調の音楽を流した。

癒しが体の内側を循環していくのを感じる。

すると若干見覚えのあるあの一つ結びの後ろ姿を見つけた。一つ結びでよく見えた耳からは白いイヤホンがくっきりと姿を現している。

私は自然と彼の後ろに向かった。ふとしたきっかけに彼は後ろを振り返り、その途中目と目が合ってしまった。

「あ」

再びお互いの声が漏れ出した。声に出してしまったからには後に引けない。気まずさを感じる一方でそのような状況を好都合に思い、なんとか楽しもうと思う自分がいた。彼の方はそのとき何を思ったのか分からないが、お互いお辞儀をしてその場を閉じることを選ばず、私たちは「会話」を始めた。


「会話」を始める。目まぐるしく新しい人と出会い、そして毎日のように色んな友人と過ごしている中で、ちゃんと会話を始めたことが果たして今まで何度あっただろうか。


彼の持つ丁寧がそうさせているのか、はたまた偶然が引きおこした特異性なのか、それはよく分からなかった。


電車が来ると彼は電車の端に座り、自然と私も彼の隣に座った。


「今日は何されてたんですか?」

その言葉が店員さんとしてのものなのか、それとも彼自身のものなのか分からなかったが、いずれにせよ丁寧で繊細な彼の声と言葉を精一杯受け取り、会話を続ける。

「久しぶりに会う友人と待ち合わせをしてたんです」

「どのくらいの久しぶりだったんですか?」

彼は会話の段階を決して飛ばすことなく順番通りに聞いていった。

少しずつ、対等な会話になっていくのを感じた。もっともっと時間が欲しい。

その思いが叶うはずもなく、電車はちゃんと一方向に進み、自分の役割を全うしていた。

「次、降ります」

終わりの合図と同時に、私たちの会話は止まった。

あと一駅分で一体なんの話ができるだろうかと頭をフル回転させるが、どの話だって時間が足りなかった。


「今日は、ありがとうございました」

そういって、カフェで見たあの微笑みと共に頭を下げた彼は電車を降りていった。

一駅進むごとに、一人、また一人と人が降りていき、同時に私の座る座席も次々と空席が増えていった。

もっと彼のことを聞きたかった。思えば彼が私に質問するばかりで彼が一体どこの誰で何をしている人なのか聞くことができなかった。先ほどまでは全く気にならなかった右ポケットにかかる携帯の重みがきになり、右手で取り出す。

連絡先、交換したかった。

肌色の、少し黒く汚れた携帯カバーを見ながらそんなちっぽっけな、そして盛大な後悔が全身にのしかかった。

彼の座っていた角側に体を移動させ、白い壁にもたれかかる。

再びイヤホンをすると、どうやら先ほどから流れっぱなしだった音楽が耳元に優しく流れ込んできた。

今度は満足して音楽に意識を傾ける。この空間に、この空気に、無理なくこの音楽が馴染んでいるように感じた。

先ほど人混みの中、私の防御となってくれたこの曲が、今度は自分の居場所で当たり前ように奏でている。

彼ならこんな曲を生み出せるのかもしれない。そんな勝手なことを考えながら、終点まで寄り道することなく一直線に走り続ける電車に揺られ、自分もこの場所が似合う人間であろうとただ無気力に向かいの窓の外を眺めた。



p.s. え、続きあるの?ないの?


最後まで読んでる人なんているか分かんないけど、さては時間無駄にしたね、ね、そうでしょ?


あなたはきっとまさにドリンクのペットボトルの裏のラベルを読むくらいのことしれかしたはず!


以上ウソンパンでした。