ロジャー様いらっしゃいませ!
ドーハで開催中のカタールオープン。
日本ではGAORAで準決勝以降の生放送なんだけど、そのベスト4が決まりました。
R・フェデラー (1) ○-× E・ガルビス, 6-2, 4-6, 6-4
R・ナダル (2) ○-× S・ダルシス, 6-1, 2-0, -, 途中棄権
N・ダビデンコ (3) ○-× I・カルロビッチ (7), 7-6 (7-4), 7-6 (9-7)
V・トロイキ (5) ○-× L・クボット, 4-6, 6-4, 7-6 (7-1)
年頭から豪華な顔合わせ!(^O^)/うきゃー
準決勝はナダルVSトロイキ、フェデラーVSダビデンコ。
ダビちゃんは11月の最終戦でロジャーから初勝利を挙げたばっかりですね!直前まで体調が悪かったらしいけど、今回はどうかな~~~
ダビちゃんには悪いけど、ゴールデンカードの決勝戦が観たいので!(笑)
ところで準々決勝戦でのガルビス(=気分屋の元・天使)、接戦だったようですね。そっちも観たかったなぁ!
日本ではGAORAで準決勝以降の生放送なんだけど、そのベスト4が決まりました。
R・フェデラー (1) ○-× E・ガルビス, 6-2, 4-6, 6-4
R・ナダル (2) ○-× S・ダルシス, 6-1, 2-0, -, 途中棄権
N・ダビデンコ (3) ○-× I・カルロビッチ (7), 7-6 (7-4), 7-6 (9-7)
V・トロイキ (5) ○-× L・クボット, 4-6, 6-4, 7-6 (7-1)
年頭から豪華な顔合わせ!(^O^)/うきゃー
準決勝はナダルVSトロイキ、フェデラーVSダビデンコ。
ダビちゃんは11月の最終戦でロジャーから初勝利を挙げたばっかりですね!直前まで体調が悪かったらしいけど、今回はどうかな~~~

ダビちゃんには悪いけど、ゴールデンカードの決勝戦が観たいので!(笑)
ところで準々決勝戦でのガルビス(=気分屋の元・天使)、接戦だったようですね。そっちも観たかったなぁ!
打ち初めはイマイチな出来で・・(涙
今日は振替レッスンで2010年初テニス!
食べまくった年末年始を反省し、おととい1時間のジョギング&ウォーキングで罪滅ぼしして臨んだんだけど・・・
私のバックハンド、ど~なっちゃってるワケ?!
特にボレーが
・・・てゆーか、動きがニブイよ
なんとも消化不良のままレッスン終了で、不本意な幕開けだったのでありました
なんてこったい。
食べまくった年末年始を反省し、おととい1時間のジョギング&ウォーキングで罪滅ぼしして臨んだんだけど・・・
私のバックハンド、ど~なっちゃってるワケ?!

特にボレーが

・・・てゆーか、動きがニブイよ

なんとも消化不良のままレッスン終了で、不本意な幕開けだったのでありました

なんてこったい。
主婦の世間は500m以内なのか
お正月の実家行きで、父・母・私の間で父の運転をやめるのかどうかの話になった。
そもそもパーキンソン病の父の運転は1年前からドクターストップがかかっている。
私も1年前から父に運転をやめるように言ってきた。
だけど父は自分の身体の調子のいい午前中なら大丈夫、スピード出さないから、決まったところにしか行かないからと言って現在まで運転を続けてきた。
実家は車なしでは微妙に不便なところで、いま私が住んでいる下町と違って歩きではどこへも行けない。
なおかつバスも駅までの1路線しか通っていない。対してスーパーやら病院やら生活に便利な最寄りの施設はバスの路線から外れた場所にあり、身体のきかない病気を持つ二人にとっては車は便利に生活するため半ば必需品なのだった。
だからこそ医者に止められていても父自身車を手放す勇気が持てないし周囲もすべての送り迎えを引き受けられない以上強く言えないという事情があった。
だがしかし、そうは言ってもこのまま父に運転を続けさせていいのかといえばやっぱりよくない。
パーキンソンは身体の動きが鈍くなる病気なのだから、いざという時に急ブレーキが踏めない父は運転してはいけないのだ。
父や周囲が運転を許しているのは事故のリスクに目をつぶっているだけに過ぎない。
頭では理解しているつもりでも本当は分かっていない。
もしも事故を起こしたら?事故でも物損ならまだいい、もし人を轢いてしまったら?
父の年齢でそんなことになったらもう悲惨すぎてどうしようもないじゃないの。
そんなことをクドクドと1年前の私も言ってきたものの効果はなくここまで来てしまったのだけど、最近父と母の心境にちょっとした変化が起きたらしい。
それは先日の長野の祖母の葬儀。
親戚に父がまだ運転していると言ったら「え~医者が止めてるのに運転してるのか」と少々非難めいた視線を受けてきたらしい。
それで父と母にも「やっぱり・・・」という気持ちが芽生えたのか、今回の話し合いの中では父は「もう運転はやめる」と言ってきた。
問題は母だった。
母は免許は持っているがリウマチ、そして腰の骨折で歩けなくなって以降運転はしていないし、もう不可能だ。これまでは父の運転で買い物や近くの病院へ出かけていた。
母の言い分はこうである。
「運転しなくなるとますますジジ(=父)がダメになっちゃうから、リハビリのつもりなのよ」
リハビリ…って、どこも動かさないから!何のリハビリなのか。第一命かけ過ぎだってーの。
そして口では「ジジがやめるって言うならいつでもやめられるわよ」と言う。
それじゃぁもうやめてよ。買い物は生協に頼めばいいし。と私が言うと、今度は「生協は1週間も前に申し込まなきゃいけないじゃない。そんなに前に決まらないわよ、それにやっぱり目で見ないと」と言う。「買い物のついでに病院に行けたのよ」とも。
やっぱり諦めていない母。
更に追求すると、ついに母のこだわっている本当の理由が明らかになってきた。
「ジジが運転しなくなったら、近所の人たちが”あそこのご主人、ついに車の運転もできなくなっちゃったのね”って思うじゃない」
「みんな健康なのにウチだけこんな身体で悔しい」
「お向かいの家だってウチより年上なのに2人とも元気で運転してるのに、どうしてウチだけできないの」
そうなのだ。母が気にしているのは昔から知っている近所の人たちの目。
しかも実際にそう思われているかどうかは関係なくて、母自身の疑心暗鬼なのだ。
だから母は父や姉や私の運転する車でしか外出したがらない。タクシーなんて「そんなところを見られたら自分の身体のことを近所の人たちが陰口を言うに決まってる」と決して呼ぼうとしない。
母のこの被害妄想(?)は今に始まったことではなく、昔から「向かいの家はウチが出かけると決まってマネして出かける」とか私や姉の帰りが遅いと「どんな仕事してるのかって思われるじゃないの」とか、いろいろ聞かされてきてそれが私は嫌だった。
年を取ってさらに頑固さが加わり、「近所の人たちがいかに薄っぺらな外見だけで人を判断しているか」についてはもう誰がどう説得してもまったく付け入る隙がない。
なんなんだろうこれは。
確かに昔の元気で健康な自分を知っている人たちに現在の自分を見せたくないという気持ちは分かる。もしも自分がそうなったらと想像すると胸が痛いくらいだ。
だけど現実は運転をやめなきゃいけない状況にあるのだから、ここはひとつ見方を変えて「私達は不便を承知で運転をやめるという勇気ある決断をしたのだ」と胸を張って言えないものか。
私はそう言ってみたけれど、全く聞く耳を持たない。
長年主婦をしていると、こうも世間が狭くなってしまうものなのか。
近所の評判(しかも自分で勝手な思い込み)にがんじがらめになって生活を変えることができないというのはあまりに悲しいことではないか。
母と話していると決まってここに行き着き、価値基準の違いに唖然とさせられる。
そしてそこからはひたすら平行線しかたどれないのだ。
結局今回の話し合いでも母の価値観を崩すことはできなかった。
だけど実際に運転する父が「もう運転しない」とはっきり言ったことで母も仕方なく受け入れざるを得ないということになった。
次の日、実家の後ろに住んでいる姉夫婦にも報告した。
私が遠くに住んでいる以上、今以上に協力してもらうことになるのは姉達なのだから。
姉も父の運転には危機感を持っていながら黙認していたし、「車でしか行けない近所の病院もあるのよ」と言っていたけれど、私が「ジジの運転する車に子ども達を乗せられる?」と言ったら納得してくれた。
年寄りが生活を変えるのは想像以上に難しい。
大丈夫だろうか。不便さにシビレを切らして結局運転してしまうってことになるような気もする。。。
近いうちに確認の電話を入れてみよう。
そして今回私が特に胸に刻んだことがある。
主婦をしていても視野が狭くならないように、せめて新聞をちゃんと読もう。
アンテナは常に磨いておかないとね。
そもそもパーキンソン病の父の運転は1年前からドクターストップがかかっている。
私も1年前から父に運転をやめるように言ってきた。
だけど父は自分の身体の調子のいい午前中なら大丈夫、スピード出さないから、決まったところにしか行かないからと言って現在まで運転を続けてきた。
実家は車なしでは微妙に不便なところで、いま私が住んでいる下町と違って歩きではどこへも行けない。
なおかつバスも駅までの1路線しか通っていない。対してスーパーやら病院やら生活に便利な最寄りの施設はバスの路線から外れた場所にあり、身体のきかない病気を持つ二人にとっては車は便利に生活するため半ば必需品なのだった。
だからこそ医者に止められていても父自身車を手放す勇気が持てないし周囲もすべての送り迎えを引き受けられない以上強く言えないという事情があった。
だがしかし、そうは言ってもこのまま父に運転を続けさせていいのかといえばやっぱりよくない。
パーキンソンは身体の動きが鈍くなる病気なのだから、いざという時に急ブレーキが踏めない父は運転してはいけないのだ。
父や周囲が運転を許しているのは事故のリスクに目をつぶっているだけに過ぎない。
頭では理解しているつもりでも本当は分かっていない。
もしも事故を起こしたら?事故でも物損ならまだいい、もし人を轢いてしまったら?
父の年齢でそんなことになったらもう悲惨すぎてどうしようもないじゃないの。
そんなことをクドクドと1年前の私も言ってきたものの効果はなくここまで来てしまったのだけど、最近父と母の心境にちょっとした変化が起きたらしい。
それは先日の長野の祖母の葬儀。
親戚に父がまだ運転していると言ったら「え~医者が止めてるのに運転してるのか」と少々非難めいた視線を受けてきたらしい。
それで父と母にも「やっぱり・・・」という気持ちが芽生えたのか、今回の話し合いの中では父は「もう運転はやめる」と言ってきた。
問題は母だった。
母は免許は持っているがリウマチ、そして腰の骨折で歩けなくなって以降運転はしていないし、もう不可能だ。これまでは父の運転で買い物や近くの病院へ出かけていた。
母の言い分はこうである。
「運転しなくなるとますますジジ(=父)がダメになっちゃうから、リハビリのつもりなのよ」
リハビリ…って、どこも動かさないから!何のリハビリなのか。第一命かけ過ぎだってーの。
そして口では「ジジがやめるって言うならいつでもやめられるわよ」と言う。
それじゃぁもうやめてよ。買い物は生協に頼めばいいし。と私が言うと、今度は「生協は1週間も前に申し込まなきゃいけないじゃない。そんなに前に決まらないわよ、それにやっぱり目で見ないと」と言う。「買い物のついでに病院に行けたのよ」とも。
やっぱり諦めていない母。
更に追求すると、ついに母のこだわっている本当の理由が明らかになってきた。
「ジジが運転しなくなったら、近所の人たちが”あそこのご主人、ついに車の運転もできなくなっちゃったのね”って思うじゃない」
「みんな健康なのにウチだけこんな身体で悔しい」
「お向かいの家だってウチより年上なのに2人とも元気で運転してるのに、どうしてウチだけできないの」
そうなのだ。母が気にしているのは昔から知っている近所の人たちの目。
しかも実際にそう思われているかどうかは関係なくて、母自身の疑心暗鬼なのだ。
だから母は父や姉や私の運転する車でしか外出したがらない。タクシーなんて「そんなところを見られたら自分の身体のことを近所の人たちが陰口を言うに決まってる」と決して呼ぼうとしない。
母のこの被害妄想(?)は今に始まったことではなく、昔から「向かいの家はウチが出かけると決まってマネして出かける」とか私や姉の帰りが遅いと「どんな仕事してるのかって思われるじゃないの」とか、いろいろ聞かされてきてそれが私は嫌だった。
年を取ってさらに頑固さが加わり、「近所の人たちがいかに薄っぺらな外見だけで人を判断しているか」についてはもう誰がどう説得してもまったく付け入る隙がない。
なんなんだろうこれは。
確かに昔の元気で健康な自分を知っている人たちに現在の自分を見せたくないという気持ちは分かる。もしも自分がそうなったらと想像すると胸が痛いくらいだ。
だけど現実は運転をやめなきゃいけない状況にあるのだから、ここはひとつ見方を変えて「私達は不便を承知で運転をやめるという勇気ある決断をしたのだ」と胸を張って言えないものか。
私はそう言ってみたけれど、全く聞く耳を持たない。
長年主婦をしていると、こうも世間が狭くなってしまうものなのか。
近所の評判(しかも自分で勝手な思い込み)にがんじがらめになって生活を変えることができないというのはあまりに悲しいことではないか。
母と話していると決まってここに行き着き、価値基準の違いに唖然とさせられる。
そしてそこからはひたすら平行線しかたどれないのだ。
結局今回の話し合いでも母の価値観を崩すことはできなかった。
だけど実際に運転する父が「もう運転しない」とはっきり言ったことで母も仕方なく受け入れざるを得ないということになった。
次の日、実家の後ろに住んでいる姉夫婦にも報告した。
私が遠くに住んでいる以上、今以上に協力してもらうことになるのは姉達なのだから。
姉も父の運転には危機感を持っていながら黙認していたし、「車でしか行けない近所の病院もあるのよ」と言っていたけれど、私が「ジジの運転する車に子ども達を乗せられる?」と言ったら納得してくれた。
年寄りが生活を変えるのは想像以上に難しい。
大丈夫だろうか。不便さにシビレを切らして結局運転してしまうってことになるような気もする。。。
近いうちに確認の電話を入れてみよう。
そして今回私が特に胸に刻んだことがある。
主婦をしていても視野が狭くならないように、せめて新聞をちゃんと読もう。
アンテナは常に磨いておかないとね。
初ニュースは初勝利のソダ
アブダビで行われているエキシビ。
準決勝でソダーリングが何とフェデラーに初勝利
6-7(8), 7-6(1), 6-2
全仏以降の勢いそのままに対ロジャー連敗を12でストップさせたソダ。
彼の勢いはいつまで続くのか?!
フェデラーファンとしては年末のツアーファイナルでの対ダビちゃん初敗北に続いてソダにも・・・と何とも不安な幕開けなんだけど、ソダのいまの勢いはそのくらい強くて大きいってことだよね
今年もGS大会以外ではヤキモキさせられちゃうのかなー
準決勝でソダーリングが何とフェデラーに初勝利

6-7(8), 7-6(1), 6-2
全仏以降の勢いそのままに対ロジャー連敗を12でストップさせたソダ。
彼の勢いはいつまで続くのか?!
フェデラーファンとしては年末のツアーファイナルでの対ダビちゃん初敗北に続いてソダにも・・・と何とも不安な幕開けなんだけど、ソダのいまの勢いはそのくらい強くて大きいってことだよね

今年もGS大会以外ではヤキモキさせられちゃうのかなー
頭の中をグルグル・・・
新たなるテーマ「我が家のブーム」を追加しました。
我が家(主に子ども、特に娘
)がハマっている事物について、です。
これまでも様々なブームが来ては去って行った我が家。
その大半の出所はテレビです。オンエアで見ずにDVDやスカパーでまとめて観るせいで、その作品が流行るとテレビが占領されてしまいます。
で、記念すべき(?)第1回目にも関わらず、現在のブームはこちらの作品。
『ローゼンメイデン トロイメント』です。
かの麻生元首相がマンガを持っているというあの作品ですよ。
こういう作品を見ていると日本では立派にオタクに分類されます(^ ^;
ちなみに我が家に持ち込んだのは私ではなくダンナ、そして一番ハマっているのは娘。
隙をみてはDVDを再生しこのOPを歌い、一日中私達の頭の中を歌でグルグルさせてくれます。
我が家(主に子ども、特に娘
)がハマっている事物について、です。これまでも様々なブームが来ては去って行った我が家。
その大半の出所はテレビです。オンエアで見ずにDVDやスカパーでまとめて観るせいで、その作品が流行るとテレビが占領されてしまいます。
で、記念すべき(?)第1回目にも関わらず、現在のブームはこちらの作品。
『ローゼンメイデン トロイメント』です。
かの麻生元首相がマンガを持っているというあの作品ですよ。
こういう作品を見ていると日本では立派にオタクに分類されます(^ ^;
ちなみに我が家に持ち込んだのは私ではなくダンナ、そして一番ハマっているのは娘。
隙をみてはDVDを再生しこのOPを歌い、一日中私達の頭の中を歌でグルグルさせてくれます。












