10/31、11/1
Zepp Tokyo

ずっと長い間こころにあったモヤモヤやわだかまりを溶かしてくれたLive

何年経ってもRaphaelはRaphaelだった

1曲1曲、メンバーの想いをちゃんと感じることができて

華月の想いも確かにそこにあったよ

Raphaelと過ごした時間は、とてもキラキラしていて

みんな真っ直ぐで
想いを伝えたくて必死で
いつも全力で
だけどとても楽しかった

楽しかったよ

どこか忘れかけていたのかな
いつの間にかこころの奥底にしまい込んでしまっていたものが、次々に溢れ出てきたのが今回のLiveだった

とても大切なもの

失った悲しみも、苦しみも
流したたくさんの涙も

大好きだからこそで

楽しかったことだけじゃなく
すべてを大切にしたいから
YUKIにはあげられないよ

悲しみを抱えていても
今は笑顔になれるから
大丈夫

ありがとう

Raphael大好きだよ
4月7日

華月の31回目の誕生日だね。

秋にRaphaelがLiveをするって聞いたよ。

ずっと、もしRaphaelがLiveをすることがあっても、私は行かないかなって思ってたけど。

友達から話を聞いたり、ネットでいろんな想いに触れて。

行ってみることにしたよ。

華月のいないLiveを見るのは、少し怖いけど。

見えなくても、想いはそこにあるよね、きっと。

12年前のあの日、もう生きていけないと思っていたけど、私まだ生きてたよ。

届いてるかな。
更新すると言っておきながら、さっそく2週間もさぼってしまいました。

さぼってる間にbaroqueのLiveと、インストアイベントに行ってきました。

それに関してはまた別記事で書く…かもね笑。

年が明けてからは、わりと元気です。

なんか、私やっぱり震災のあとからおかしくなってたのかもしれない。

震度6弱の揺れ、2日間の停電、10日間の断水を経験して。

働いてたお店も、CDもDVDもゲームも本も全部棚倒れてぐちゃぐちゃになって。
みんなで朝から暗くなるまで毎日片付けて。
片付けてる最中に強い余震がくるとまた崩れて。
それをまた片付けて。
一部営業再開するのに4日かかった。
早いのか遅いのかはわからないけど、精一杯だった。

停電してた時、不安だった。
いつ復旧するかわからない中、暗闇で緊急地震速報の音と余震に怯えて。
携帯とウォークマンが私の命綱だった。
携帯でツイッター見ながらウォークマンでラジオ聴いてた。
でも充電はどんどんなくなっていく。
予備の電池ももうなくて…怖かった。
だから電気がついた時は本当にうれしかったよ。

うれしかった。けど、私は暗闇がダメになってた。
でも節電したいから電気はつけられない。
だから、夜明けが来るまで携帯とウォークマンを抱えて、暗闇と余震に耐えてた。
朝がきて、外が明るくなるとやっと眠れる。
徐々に改善されたけど、2ヶ月くらいはそんな状態だった。

だんだん普段の生活に戻っていったけど、強い余震が来るたびに、どうきがして、手が震えた。
接客中に余震がきて、その時も手の震えが止まらなくなって困った。
大丈夫だって自分に言い聞かせても、どうきも手の震えもコントロールできなくて。

でも、余震の回数が減るにつれて、その症状も落ち着いてきたかな。

この前緊急地震速報がきた地震では、どうきと手の震えが復活しちゃったけど笑。

震災のあとからずっと、自分に大丈夫大丈夫、怖くない怖くないって言い聞かせてた気がする。
不安になってる暇なんかない。
早く進まないと、って。

でも、大丈夫じゃなかった。
怖かったし不安だった。
頭で考えるより先に手が震えだすなんて初めてだった。
寂しかった。

でもなんか言えなくて。
自分の中でずっと抱えていたら、それが新たな不安を呼んだ。
去年の私の混乱ぶりを、知ってる人もいると思う。

それがね、去年のクリスマス、SOPHIAのLiveに行って、初めて泣けた。
震災、ほんとは怖かったんだって、不安だったんだって、そこで初めて泣けたんだ。
きっと、SOPHIAだったから泣けた。

あー、私怖かったんだなーって気づけたら、こころが少し軽くなった。

その少し軽くなったこころで会いに行った、1/6 baroque Live。
すごくね、居心地がよかった。
笑っちゃうくらい。
幸せだった。

大丈夫かもしれないって思えた。
そうして去年の自分を振り返ってみたら、おかしかった。
今だからわかる事。

たぶんもう大丈夫。
暗闇の恐怖と、強い地震の時のどうきと手の震えはまた出るかもしれないけど。

次はちゃんと元気な私で会いに行きたいな。

震災のあと、いろいろ話聞いてくれたり、支えてくれた友達には本当に感謝してます。
不安でもがんばれてたのは、友達の力が大きいから。
ありがとう。