今日はメロペネのお誕生日


家の前 玄関をでたら まず1本の桜


あたりには川沿いに桜並木があって ほんとに素敵な季節です


誕生日を迎えて うれしい反面


年を重ねるごとに あまり年をとりたくないなーという気持ちもあり


若干複雑でした



霊の子のHちゃんが 誕生日のお祝いに 生まれてきてくれてありがとう


といってくれたことに感動したことを思い出し


ああ、今日は親がわたしを産んでくれた日なんだな


今日は産んでくれたことに感謝する日にしよう


そう思いました


○年前のその日も 桜が満開だったと 以前に母は教えてくれました。



さて 同僚に 「誕生日祝って~」 といい回っていたところ


ある年下の一人の同僚は


「誕生日はめでたいですか?」 と わたしが複雑な思いになっていたところをついてきました


年上の女性が ただ祝われて うれしいのかな?と思ったようです


「めでたいよ めでたいけど 年が増えていくのはねえ ちょっと複雑だねえ」


といったら


「ぼくは 誕生日は親に産んでくれたことを感謝する日にしたらいいと思うんですよ だったら素直にめでたい」


といいました


ああ 朝思っていたことを ズバリ 言葉でいわれました



今日母にメールでいってみました


「産んでくれてありがとう」


それに対するコメントはなかったけど


どういう思いで うけとってくれたのかな



きのう祝福式のインターネット中継をみました


清められる感じがしました



お父様の祝祷のときに


ふと ある姉妹のことを思い出しました


去年の夏のある日


実家に帰省するといって 連絡がつかなくなり


突然消えてしまった彼女


仕事場にも突然数か月休むと勝手に連絡をいれられて


望まない拉致監禁・強制改宗にあってしまいました



神様の理想家庭に感動し


祝福をうけたくて 一生懸命がんばっていた彼女


彼女だけではなく、先週犠牲になったK君や


今まで多くの犠牲になった方々の


その願いがかなえられる日が地上に生をうけている間に


必ず来ますように



そうお祈りしました

先日から2人のアベルに 


そんなに自分を責めなくてもいいんじゃない というようなことをいわれました


責任感が強いから


人のせいにできなくて


自分にできることはなかったのだろうかと


自分が悪かったからこうなってしまったんだと


考える癖がついていた


リーダーの位置にたってからは


自分が最後は責任をとるんだ


そう考えて行動するのが当然だと思っていた


間違ってはいないんだけどね



うまく対処できているうちは問題ない


うまくいかなかったときに


それが知らないうちに 


じわじわと自分を追い詰めていたことに


いわれるまで気づかなかった



比較的 自分大好き


いろんな自分も ひっくるめて全部好きって


公言していたのに


まわりから見ると 違っていた



神様は


2人のアベルを通してメッセージをくださった


もっと自分を許してあげなさい


できない自分も好きになってあげなさい


そして自分だけでやろうとしないで もっと(神様に)相談するように



昨日同僚と Gr間の意思疎通について話した


「どうもうまくかみ合わない


オレオレタイプがいっぱいいると 結局なんにも進まないし 


意見がない人ばっかりというのも一緒にやっていてつまらないしね。。」 といったところで


どうしたらいいのかねと話していた


同僚は


「ぼくは Grが家族みたいな関係だったらいいと思うんですよね


お父さんがいて お母さんがいて 兄貴がいて・・・・


家族だったらお互いを打ち消しあったりしないんじゃないかな」


こういう言葉は


家族にいいイメージを持っている人からしか聞くことはできない


家族という言葉からくるイメージは 自分がみてきたものからしか連想できない


家族とのかかわりの中で本質をつかんできたんだなーと感じます



同僚は 大学進学のために家をでたときに


「親はさみしがっているだろうな これからは親孝行しよう」


と思ったらしい。


自分がさみしいではなく、親がさみしがっているだろうという


まさに他者を思いやる気持ちが先に立って行動しようとするところが


すばらしいと思いました


ご両親もすばらしい方なのだと思います



聖書の人々


今日の夕拝で読まれた一説


なぜいい人が報われないのか?という問いに対するイザヤ書の話


一度聞いただけなので若干ずれがあるかもしれないが


メロペネ的に解説しよう



イスラエルの民は(たぶんエジプトで)苦役に耐えていた


そのとき事件が起こって イスラエルの民に嫌疑がかかり


イスラエル民族が滅ぼされるかもしれない事態になった


そこで端っこにいた普通の青年が立ち上がり


ひかれていった


無実だと訴えることもなく


街中を罪びととして引きずられて 処刑台にあがって そこで死んでいった



その数日後 彼が自分一人で罪を背負って死んでいくことで


民族を救ったのだということがわかった


人々は感動し この青年の死を無駄にしないよう民族を再興していった


という感じ



以前はこういう世界がわからなかった


イエス様が十字架を背負ってひかれていくときに みていた群衆の心理


総督ピラトの心理


以前 あなたはこの人たちをどう思いますか?あなただったらどうしたいですか?


とつきつけられて


わたしは同じようにするかもしれない と答えた


それはその時の正直な気持ち


問いかけた相手が望むであろう答えをいうこともできたが


できないことをできるといえないと思った



今でも実際にその立場にたてばそうしてしまうかもしれない


でも私の中で 利他に生きようとする人に共感


利他に生きることに価値観を見出していることに気づく



霊界があることを知って 正しいことを中心に生きることに安心感を覚えたところもある


いい人が報われないわけではなく


死といわないまでも生きていく中で


多少なりとも個人の犠牲があって 


その分 全体が生かされていくことに


喜びを感じられる世界


それを感じることができたら それは崇高な生き方だと思う



今日は夜 霊の子と霊の孫候補者2人とお食事


彼女たちにあって2年半


一緒に活動したり 食事にいったり いろんなことを話したり


着実に成長し大人になっていく姿をみながら


喜びを感じる


親の心情だねー



食事に誘ってくれて


これからもよろしくです とプレゼントと手紙をもらいました


彼女たちの一歩お姉さんとして


いろんなことをうけとめてきたつもりだったけど


支えられていたのは私だったね



半年後には彼女たちも学校を卒業し


新しい道へ進んでいく


三人が一緒にいる姿をみるのも


あと半年


彼女たちと過ごした時間は ほんとに尊い時間だった



霊の子からのお手紙に


「大好きです」って書いてあって


涙がとまりません



わたしも大好きだよ


もっとわがままいってくれていいのに


ほんとにいい子だから


逆に心配



愛する彼女たちに出会わせてくれた 神様に感謝します。

月曜日 FBで ポーランドにいる友人とチャットした


Iさん 「メロペネちゃん お元気?」


メロペネ 「ちょっと 元気 お引っ越しが近づいててね 人生うまくいかないものね」


Iさん「新しい住所が決まったら連絡してね メロペネちゃんが引っ越し先でも楽しくすごせるようにプレゼントを贈るわ☆」


なんと


なななんと


ポーランドからプレゼントを送ってくれるというのだ この友人


しかも 引っ越しナーバスなわたしの気持ちがよくわかると


(次の夏の来日のときには、アキバに一緒にいく約束したからね・・・)


さすがクリスチャン


心情の土台が違うらしい



震災のときも 帰宅難民で友人宅に泊まっているときにすでに心配してメールをくれた


父が手術のときも 手を組んで神に祈っているといってくれた


自叙伝の感想はまったく教えてくれないが ほんとにいい友人である。


(※1年ちょっと前に英語版自叙伝を渡したのに読んでないみたい・・・)



今日夕方 霊の親から電話があった


韓国はソウルからである


仕事中だったので なんだろーと思い あとでかけ直した


こういう電話って 何かあるんだろうなー


霊の親曰く


「なんかね 今日メロペネちゃんに電話しなきゃって ふと思ったの」


タイミングよい


親は子の大変なときがわかるようである。


わたしも霊の子に対してタイミングよく気づくことがあるもので。


メロペネ 昨今の事情を説明


ここからしばらく霊の親の信仰的なお話。


「えーっ そうなのー これは神様が電話するように気づかせて下さったのね。

神様がメロペネちゃんに苦労の道をいかせているのね それを越えたあとに大きな祝福があるのよ きっと」


「いま心の器を広げるときなのよ そうしたらきっと素晴らしい主体者さんに出会わせて下さるわー メロペネちゃんが成長した分だけ、素晴らしい方がくるものよ」


「精誠ってね 苦労の道をいやいやいくんじゃなくて 感謝で越えていくのを言うのよ そのほうが神様は喜んでくださるのよ」


「わたし神様に祈っておきます!!」



さすがだ


さすが


すべてを神様に報告し、何があっても絶対信仰。


神様と共に感謝で越えてきたうちの霊の親


基準高いっ


わたしを受け止めてくれる霊の親にいつも感謝です



わたしも神様から霊の親を通して 愛を与えてもらって


心が軽くなった


神様は必要なときに 必要なものを与えてくださる



「神様のなさることは 時にかなって美しい」


先日つくだにさんが わたしにくれたみ言


ほんとにそうなんだろうなと思う。



なんか 先日決意してから 導かれはじめた









自叙伝を 10冊買いました


とにかく 1歩でも前に進めようと思って


まずは読んでくれそうな友人に渡していこうと思います。


すでに200万部も売れたそうな


世の中的にもベストセラーの勢いなのに 以外と騒がれていない不思議




個人的には、最後の方の内容が好きです。


「未来を担う青年への思い」


お父様が語られること すごいと思う


それだけでなく この内容に共感し、同じような考えを持つ大人が大勢いることを知ってほしい



でも今の青年たちは、大人たちがこういった思いで自分たちの世代をみつめていることを知らないのだと思う。


たとえば 会社の上司から 期待している といわれても 


いまいちピンとこない


でも上司はわたしより前をみれている


上司のみているものから 自分をみたときにどうなのか?


考えもしなかった



こういう考えの大人がいることを ぜひとも知ってほしい


青年を 自分レベルに置き換えると


こんな期待が寄せられているなら 何かできることからはじめたいと思えるだろう


「どんな大人になりたいか どんな人になりたいか」


常に考えていないと (テーマとしてもっていないと)


答えはやってこない


生きる方向性を 考えるのに ぜひ多くの人に読んでほしいと思う