メロクリフントーキ(仮) -38ページ目

メロクリフントーキ(仮)

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昨日の続きです。


母にも父親の浪費ぶりを放置していては生活が立ち行かなくなること、
私自身が将来への備えができないことを再三訴えたのですが
「年金は自分が稼いだお金ではないから」
「あの人には何を言っても無駄だから」
「今をどうにかしなければ将来もへったくれもない」
と言うばかりでまさにのれんに腕押し状態でした。


そればかりか父親を悪く言い、「ひどいよね」「かわいそうにね」とこちらに
同情するそぶりを見せておきながら父親の暴君ぶりを放置しておいて
それで生活に困ったら私にお金を要求してくる、
私が渋い顔をすると悲しそうな顔をして生活に困っていることを訴え、
それから私が大学時代に留年を繰り返したために家計が大きな打撃を受けたことを
持ち出してきます。
留年を繰り返したことを突かれると返す言葉がないので結局言うことを聞かざるを得ません。
今思えば、母こそが真の敵だったのかもしれません。


あの時の私にできたのは不安を抱えて日々を過ごすこと、
どんなに不満でも我慢をすること、
お金の都合をつけるよう頼まれた時は
にっこり笑ってエールを送りながらお金を渡してあげること
(結局お金を取られるのであれば不承不承渡すよりもそうしたほうが
ましだと思ったからです)、搾取を受けたら泣き寝入りすること、
せめて母に父を悪く言わないよう頼むこと
(これは父親に対する愛情が残っていたからとかではなくて、
「あんな人に良いように翻弄されている自分達は何なんだろう」
それを考えると空しくなるからです)くらいでした。


そんなに裕福ではない家庭が子供一人を四年制大学に通わせ、
卒業するまで金銭的な面倒を全面的に見て、留年まで認めた。
それは血反吐を吐くような思いだったかもしれません。
それだけのことをやってくれたことについては両親にはとても感謝しています。
ただ、やはり、人生の再構築を阻まれるのは耐え難い苦痛でした。


翌日に続きます。