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wanna

就労継続支援A型生活支援員。

障害福祉サービスの畑からお送りします。

あの日私は家で雑誌を読んでいた。

晴れた日だった。

陽射しがよく入る部屋で、あたたかかった。

家が揺れた。

すぐにおさまるだろう、と吞気にしてた。

でもずっと揺れ続けてた。

さすがにおかしいと思い始める頃には、揺れは大きくなっていた。

家のドアを開けるか悩んだ。

学校では避難できるよう道の確保、と言われていたけど、いざドア開けて自分だけだったら恥ずかしいじゃん、みたいな。

団地だったし。

窓際のソファに張り付いてみた。

家の中を巡回してみた。

ハッと気が付いてテレビをつけた。

何が起こっているのかわからなかった。

窓の外を見た。

マダムが3人、井戸端会議をしていた。

 

揺れが止まって、放心していた。

何をしたら良いのかわからなかった。

家の中を巡回した。

お仏壇が倒れていた。

買ったばかりのベースは無事だった。

 

外国人の彼は、すぐに帰ってきた。

こんな時に上司は会社に残ると言うんだ、と腹を立てていた。

どうして電話で家族の無事がわかったからって、こんな時までやらなきゃいけない仕事なんかあるのか、だから日本人は、と。

彼はまず水道の蛇口をひねった。

水は1滴も出なかった。

やっぱり、と言った。

水道管が破裂しているのを見てきたそうだ。

外を見ると確かに道路が濡れていた。

私の実家が近くにあったので、2人で実家に行くことにした。

その途中も、今まで平だった道はでこぼこになり、マンホールは飛び出て、家は傾き、道は泥だらけで…そんな光景だった。

でも実家は、同じ市内だというのに水に問題はなかった。

ただ父が帰宅困難だったくらいだろうか。

その他は至って普通だった。

 

彼と住んでいた家は、その後も上下水道が使えない日々が続いた。

私は耐えられなかったので、実家にそのまま住んでいた。

彼は仕事があるからと、家に戻っていった。

 

あれから9年。

あの家を出て。実家も出て。

新しい生活の中で、変わらない出来事を昨日のことのように思い出している。

 

9年。

私自身は、変わることが出来ただろうか。

あの日の自分を守れるくらいには、強くなれただろうか。