そもそものきっかけは、
「時間って一体なんだろう」っていう内容でブログを書いていたの。
けれども、書き終わったところで全部消えてしまってね。
「あー、、、」とショックな気持ちと、
「また書かなきゃいけないの」というイラっとした気持ちが混ざっていたんだけど、これって消えた意味があるんだろうなって。
その時、気づいたのが、
書いた内容が「わたし領域」だからだ。ということだった。
なんかもっともらしく書いてみて、そこに「伝えたい」という魂も入っておらず、「書かなきゃ」という役割に沿って書いたようなものだったんだよね。
「わたし領域」というのは、わたしという枠を作って、その枠内だけで頑張っている状態。
すごく端的に言えば、自分のことしか考えずに生きているということだ。
ここで誤解がないように言っておきたいんだけど、
「わたし領域」と「みんな領域(他のために生きている)」
これは、すごく混同されやすい。
「みんな領域」で生きているかのように、周りによく思われたいといい顔をしていたり、
自分を犠牲にして他の人のことばかり考えてたら、それは「わたし領域」なんだよね。
「よく思われなきゃいけない」ってこと自体が自分も相手も信頼していないと言えて。
相手を信頼していないから、枠を作る。
良く見せておこうと、わたしの領域をつくる。
逆に、
自分の好きなことを思いっきりやっている人は、自分のことだけに関わらず、「わたし領域」を超えている場合が多いと思う。
自分のことをやっていても、それが誰かの心に影響を与えているなら「みんな領域」なのだ。
その時に、
今のわたしは「わたし領域」を超えて生きているのだろうか?
という怒りのような問いかけが起きた。
わたしは何かに影響を与えて生きているんだろうか、と。
ブログはしばらく書いていなかった。
1月に自分の心情や状況を書いてから、人の目を気にしてしまっていたんだ。
こんなこと書いて幼稚だな、と自分をジャッジしていた。
人の目を気にするというのは最たる「わたし領域」だと思う。
もちろん、人に不快を与えない、刺激を与えないというのはマナーだと思っている。
そういうことではなくて、
人からどう思われるかを気にするってことは、相手が悪く言うかもしれないと恐れている証拠なんだよね。
そんなの相手を信頼していない。
世界を信頼していない。
わたしは、
そんなことに時間を使うのはもう一切止めよう、とあらためて思った。
例えば、
誰かの言われたことを気に病んだり、
自信がないと言ってみたり、
誰かを批判してみたり、
(批判するのは、自分への責めを相手に転嫁しているだけにすぎない)
自分を良く見せようとすること、
未来を不安に思ったり、現状を不満に感じたり、
そういったこと。
「わたし領域」に時間を使っていると自分を守るばっかりだから、「みんな領域」の時間を作れない。
それは創造することができないということ。
井の中の蛙とはよくいったものだ。
こうやって書いていることがわたし領域0%ですかと言われるとそんなことはない。
だれかを不快にするかもしれない。
文章も脈絡なかったりするけど、
ただエネルギー的に、
今の状態を毎回越えてかいていたい。
今日はその始めの日。
2015年4月4日 KIN1に。
マヤ暦はバースデーサイエンスの一つです。
あなたは今回の人生を選んで生まれてきました。
もちろん運命は自分でデザインしていくものだから。
あなたが本来のあなたで輝けるよう、
マヤ暦からのメッセージがあなたの心と共鳴していくことでしょう。


