1月26日の誕生花は"寒牡丹"
花言葉は"天才"


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努力に勝る天才なし!!


確かにそうであってほしい。
だがそうとも限らないこともある。

どんなに努力しても結局天才には叶わないこともある

努力は報われないこともある


けれど、だからどうした!?


天武の才をもたない私たちは努力するしかないのだ

それが報われるか定かではなくとも努力するしかないのだ


こんな時代、後ろばかり向いたり、立ち止まっていては、どこかに飛ばされていってしまう

後ろ向きにはいつでもなれる



だからこそ、前向きでいたい




1924年1月25日
第1回冬期オリンピック開催


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もともとオリンポス12神に最も近い、美しく、強い男を決めるために始まったオリンピック

今ではオリンピックは世界のアスリートの最終目的地となっている大舞台である

オリンピックが始まって以来、スポーツがナショナリズムを強く喚起するようになり、スポーツが楽しむものから競うものへと進化をとげた

それ以降スポーツは競うことに重心がおかれ、楽しさは勝敗の結果としてもたらされることになってしまった

スポーツ本来の楽しさというのは失われつつある


人間が敵を倒すためでなく
畑を耕すためでもなく
はじめて、楽しむために
使い始めた身体


その私たちの祖先の初心を忘れず、受け継ぐことはアスリートとしての使命ではないだろうか


1月24日の誕生花は"沈丁花"

花言葉は"不滅"

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人間の肉体は不滅ではないが
魂はどうだろうか??


こればかりは死んでみないとわからないため、永久に謎ではあるが、それゆえさまざまな想像が可能である。


私は魂は不滅のものかもしれないと思う


肉体はあくまで入れ物にすぎず、たまたま運の良かった魂だけが肉体に入り、人生をおくり、魂として成長する。

肉体が死せば、魂はまた新しい肉体に出会うまでさまよう。

それゆえ、未熟な魂の入ってしまった肉体は、人間的に評価のされない人物となってしまうかもしれないし、いわゆる偉人や英雄と呼ばれる人たちは、たまたま何度も人生を経験し、成長できた魂が入ったから生まれるのかもしれない。



あくまで全く非科学的な想像ではあるが、その答えはいずれ誰しもが通る道にあるわけであり、わかるであろう。


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不滅についてもうひとつ別の話


古来より伝説としてある
不老不死、いわゆる不滅
それは人間が理想として
描いてきた絵空事かもしれないし、人間の欲求の究極の形かもしれない

ただ本当に不滅とはいいものだろうか?


花は散るから美しいのであり、永久に姿形の変わらない造花には美しさも、命の儚さも、なにもない


なくなるからこそ美しく
なくなるからこそ尊い



私たちは死の中に美しさや感動をおぼえることすらある



生と死との間の
なんとも儚いアイロニーである