その行為は。
種の保存。
ただそれだけの為に、旧約聖書の時代から受け継がれてきた行為。
でも。
私はそこに、快楽を求めた。
一時の快楽の為。
ただ、それだけの為に。
何回となくしてきた行為。
恥ずかしいことも、躊躇いなど。
一度だって無かった。
快楽のため。
その為だけに肌を重ねる行為。
その行為に、それ以上の意味を込める必要など何も無い。
そんなことは、私が一番よくわかっている。
あの薄暗い難破船の片隅で、何回も肌を重ね合わせて快楽を貪るようにして貪欲にその行為に耽る。
あの瞬間。
私は生きている、ということを実感できたのだから。
誰かに抱かれ。
誰かに与えられた快楽に酔う。
その行為は、それ以上でもそれ以下でもない。
私は、ずっとそう思ってた。
誰かと肌を重ね、その行為に溺れることなど大したことでは、ない。
それなのに。
それなのに。
今、私は何が一体怖いのだろう。
夢にまで見たあのひと。
そのひとの指先が私の躰を彷徨う様に這い回る。
その行為に。
その指先に溺れてしまえばいい。
ただそれだけ、なのに。
今、私は一体何が怖いのだろう。
だいすきなあの人の。
何が怖いというのだろう。
肌を這う冷たい指先?
耳たぶにを擽る荒い吐息?
鼻をつくアルコールの匂い?
それは、全て、私を快楽へと誘うものでしかないはずなのに。
何故、私はこんなにも怖いのだろう。
怖い。
どうしようも無いくらいに、怖い。
逃げ出したいくらいに、怖い。
躰を捩る。
捉えられたあのひとの腕から逃げ出したい一心で。
躰を捩る。
・・・・それなのに。
私の力など、いとも簡単に返されていく。
そして、また捉えられる。
逃げることなど、許されていないかの様な強い力で。
捉えられて。
押さえつけられる。
嫌。
・・・・嫌。
怖いの。
止めて欲しいの。
・・・・たったこれだけの言葉を言う事すら出来ない。
喉の奥から何かがこみ上げてくるのに。
それは声になってくれない。
ただ、吐息となって漏れていくだけ。
声を発することが出来ない。
たったそれだけの事が。
こんなにも苦しい。
こんなにも。
私を苦しめる。
夢にまで見たあのひとの腕の中が。
こんなにも恐ろしいだなんて思いもしなかった。
あのひとに抱かれる。
それが、何故。
これほどまでに怖いのだろう。
すきなのに。
こんなにもすきなのに。
何故、これほどまでに怖いのだろうか。
・・・何故?
・・・ううん、本当はわかっている。
その怖さの理由を。
私は、知っている。
知っているから。
わかっているから。
これ程までに。
あのひとのことが、怖いのだ。
その事実を認めたくないのだ。
それが怖いから。
私は怖がり、逃げようとするのだ。
だって。
・・・だって。
だいすきな。
私のだいすきなあの人の目には。
私がこれっぽっちもいないから。
あの人の目の中に。
私は一欠片も映っていない。
それが。
私は死ぬほどに、怖いから。
私を見下ろすあのひとの目の中に『向日葵』という人格は存在してはない。
女。
欲望の捌け口として存在しているだけの女。
ただそれだけの為の女。
リオンでなくてもよかったの。
あなたが私を見ていてくれたら。
リオンじゃなくたって。
『向日葵』だって良かった。
でも。
それすらも叶わない。
その現実が怖いのだ。
あなたは、私を抱いている。
それなのに。
私を見ていない。
ただそれだけのことが。
死ぬ程までに。
怖い。
窓辺に置かれた蝋燭の灯り。
儚げに。
朧ろげに。
ゆらゆらと揺れる。
そして。
私とあなたの影が悲しげに重なっていく・・・・。
その瞬間。
あなたの綺麗な瞳から、涙が一雫溢れて、私の頬にぽたりと落ちた。

