八年半ほどまへの記事の再掲です。

米RCA LM1008
チャイコフスキー 交響曲第4番
セルゲイ・クーセヴィツキー指揮
ボストン交響樂團
(1949年錄音 1950初出)

二枚架藏するLM1008。 上は金文字、下は銀文字。ジャケットはおなじ。

市場には金文字が先にでて、銀が後發といふことだらう。
わたしの貧弱な耳では聽感上ちがひがない。 スタンパー番號は勿論ちがふ。
すでに書いたLM1005、LM1006よりも音質が段ちがひによい。 この演奏はLMで初出(SPからのトランスでない)だから、そのあたりのことが因か解像度、奥行き、殘響、どれもLP中期あたりの水準とまつたくかはらない。いや、中期以降でこの盤よりおとるものがいくつもある。
クーセヴィツキーは日本での評價が低かつた。または評價の對象になりきつてゐない、土俵にもあがりきつてゐなかつた、ともいへようか。この人は1951年に亡くなつてをりその活躍が日本とのいくさとかさなつたこともその一因だらう。これはわが國の音樂愛好家にとつて不運であつた。 この人の演奏は本來生氣感にとみ、緊張にあふれ、ゆるぎない。 ときに、内聲部のあつかひおよび速度の變化に極端な强調があり、ために全體の統一感をそこねる例も一部にある。 が、しかし、根本のところで端正直截豪毅、これに洗練もくははり、音樂が絶對に弛緩しないといふおほきな美點をもつ。
彼の手兵たるボストン樂團の技術のたかさはこの第4交響曲でもおなじ。
この人1930年代中葉録音の「4番」、米RCA キャムデン CAL109 を最高の名演奏と指摘するむきもあるがわたしは未聽。
なほ、「ワグナーとフルトヴェングラー」、「マーラーとワルター」 のごとく、「チャイコフスキーとクーセヴィツキー」 も當時から、作家と指揮者との等質を感じさせる代表例とされてゐたといふ。