mehelpfelu1979のブログ

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ルーリスとワショーのエピソードだけを見ていると心温まるお話ですが、そのほかにも目を向けてみると、当時の世相として仕方ないと言えば仕方ないのですが、彼らの実験動物としてのつらい人生も見えてきます。ルーリスは実のお母さんから引き離されましたが、そのお母さんは「侵襲的生体医学研究」に使われたそうです。「侵襲的」とは「外科手術、感染、中毒など」なんだそうで、健康や命に関わる実験に使われたのでしょう。1980年9月には、ルーリスたちは資金難によりセントラルワシントン大学に移ることになりましたが、どこかに連れて行かれるとつらい目に会うことを知っている彼らは抵抗したそうです。ソーダやキャンディー、ヨーグルトなどで釣ろうとしても、賢い彼らは疑い深くなるばかりだったそうです。結局、ルーリスの仲間のモジャには「あなたと私 おうちへ帰る (YOU ME GO HOME)」と嘘をついて連れ出すことになりました。モジャは生まれ育った家に帰れると信じ、目を輝かせて喜んでいたそうです。ワショーはどうやっても懐柔できず、檻の扉をつかんで抵抗していたそうです。大声を出して脅してもだめだったので、最終的に麻酔銃を持ち出すまでになりました。それを見たワショーは悲鳴をあげ、ルーリスを自分の後ろにかばいながら檻の中に入ったそうです。とは言うものの、移動の途中、コンビニでアイスを買ってあげるとワショーは「いそいで、いそいで、行こう、行こう (HURRY, HURRY, GO, GO)」と手話をして機嫌をなおしたので、2時間おきにアイスを買ってあげるはめになったのだそうです。現金なところもありますね!こんなこともあったので、1993年5月にまた新居 (※1) に引っ越さないといけなくなったときには、ボランティアたちはルーリスを始めとするチンパンジーたちをその気にさせるようと一生懸命だったそうです。たとえば、彼らの世話をしていたファウツ夫妻が新居を探索するビデオを見せて、『見て!ロジャーが新しいおうちにいるよ!ロジャーがベッドを見せるよ。彼は大きなドアの遊び部屋に入った。見て!そこのドア、外に出られるよ!草を見て。走れるよ、登れるよ、遊べるよ。みんな新しいおうちが好きになるよ!私たちはみんな、一緒にいくんだよ!』と手話でプレゼンしたのだそうです。この新しい素敵なおうちが最後になればよかったのですが、ワショーと2匹のチンパンジーがここで亡くなり、ルーリスとタトゥだけが残され、さらにどちらかが死ねば残された方は孤独となってしまう事態となりました。そこで2013年8月、カナダの保護施設 (※2) に送られました。保護施設ではボランティアと手話で話 (※3) をしたり、新しい仲間になったチンパンジーと追いかけっこなどして楽しく暮らしているようです。こんな大変な人生を送ったルーリスですが、ひねくれてしまうことなくいい子に育ったようです。ちょっと移り気だそうですが、遊び好きで愛情深く、すぐにみんなを元気にしてくれる性格で、人間に対してもチンパンジーに対しても社交的なんだそうです。過去に行われていた一般の人々との触れ合いの時間では人を観察するのが好きで、とくに子供が好きだったとか。このままなにごともなく、保護施設で余生を過ごせればいいですね!※1 Chimpanzee and Human Communication Institute (CHCI)※2 Fauna Foundation。動物実験や虐待されたチンパンジー専門の保護施設だそうです。※3 CBCで手話をする現在のルーリスの姿が見られます。参照:1980: Move to Ellensburg - Friends of Washoe1993: CHCI - Friends of WashoeLoulis - Friends of Washoe ゴリラ語録 ...