現実と笑顔
更新が遅くなりすみません!
実は同じ事務所の滝川 綾と綾のお友達と一緒に宮城県へ行っていました。
前に番組で綾が行ってきた場所へプライベートで行くとの事だったので私も一緒に行かせてもらいました。
まずは石巻『万石浦中学校』へ行き生徒さん達と一緒に卓球をしたり
調理実習にも参加させていただきました。
お好み焼きと焼きそば。
体育館は避難所になっているので通路や教室などで部活をしているような状況でした。
家庭科室の水道はつながったばかり、ガス台はまだ使えなくてガスコンロを使い料理をしました。
学校に通えるようになってもまだまだ満足のいく環境ではなく、そんななか試合にむけて先生方や生徒さんは笑顔で練習を頑張っています。
そしてそこから女川町へ移動。
移動中に見た景色です。
この写真はほんの一部でありこのような景色がずーっと続いています。
言葉もありません。
30mをこえた津波の恐ろしさを目の当たりにしました。
これでも前に訪問した時よりは良くなっていると綾は言っていましたが3ヶ月を過ぎた今でも宮城県の綺麗な景色はまだまだ戻ってきていません。
女川町ではボランティアに参加させていただきました。
泥の掻き出し、がれきの撤去作業を行いました。
臭いがキツく魚の死骸などもいて巨大化したハエがたくさん飛んでいます。
そんななかボランティアの皆さんはもの凄いスピードで作業されていてとても頼もしかったです。
私達も汗だく泥まみれになりながら頑張りました。
日本語のわからない外人さんも参加されていて日本のために力を貸してくれています。
ですが、数時間でできる作業の量は限られていたので全然人手が足りていないのが現実です。
そしてそこから古川の避難所を訪問させていただきました。
避難所の壁にはたくさんの国からの応援メッセージが飾られていて涙が出そうになりました。
避難所では家族を津波で失い1人で生活をしている方もいらっしゃいます。
避難所を出て仮設住宅での生活をしている方も
『避難所を出てしまえば物資などの支給が無くなってしまうので避難所にいた方がまだ良かった』などの意見。
『仕事がないなか、仮設住宅での生活が決まってもまだまだ自立などできるわけがない』という意見。
衣服などの物質はたくさん届きますが『穴のあいた靴下もあった、これから夏なので冬服はもう必要ないです』などの意見もいただきました。
ですが本当にこれは一部の意見なのでもちろんまだまだ物質が足りていない場所もたくさんあると私は思います。
もし、これから物質を送ろう!ボランティアに行こう!と考えていらっしゃる方がいましたらまず最初に今被災者の方達が被災地が何を必要としているのか?
何が足りていないのか?よく調べてから行動してあげて下さい。
私も今回の宮城県訪問でたくさんの事を学びました。
避難所の皆さんとほんの少しの時間ですがお話しができて本当にうれしかったです。
笑顔が素敵でとても楽しい方達です。
東京から突然来た私にも優しく話してくださり時々出るジョークなどたくさん笑わせていただきました。
こんな素敵な方達ですがきっと胸の内は計り知れない辛い気持ちや悲しい思いを抱えて生活していらっしゃると感じました。
どうか負けずに乗り越えていってほしいです!
私は東京で生活していますが東北の現実を絶対に忘れていったりしません!
復興にむけ応援し続けます。
必ずまた訪問させていただきます。
時間はかかっても復興にむけて動き、頑張って作業されている方達がいます!
もっともっと手を貸してくれる人達が増えていくと私は信じているので諦めず希望を持ち笑顔でいてください。
まだまだ東北には救いの手が必要であり、辛い生活をしている方達がたくさんいらっしゃいます。
同じ日本に住む日本人として復興される最後まで手を差し伸べ皆で見守っていきましょう。
よろしくお願い致します。
和田めぐみ
実は同じ事務所の滝川 綾と綾のお友達と一緒に宮城県へ行っていました。
前に番組で綾が行ってきた場所へプライベートで行くとの事だったので私も一緒に行かせてもらいました。
まずは石巻『万石浦中学校』へ行き生徒さん達と一緒に卓球をしたり
調理実習にも参加させていただきました。
お好み焼きと焼きそば。
体育館は避難所になっているので通路や教室などで部活をしているような状況でした。
家庭科室の水道はつながったばかり、ガス台はまだ使えなくてガスコンロを使い料理をしました。
学校に通えるようになってもまだまだ満足のいく環境ではなく、そんななか試合にむけて先生方や生徒さんは笑顔で練習を頑張っています。
そしてそこから女川町へ移動。
移動中に見た景色です。
この写真はほんの一部でありこのような景色がずーっと続いています。
言葉もありません。
30mをこえた津波の恐ろしさを目の当たりにしました。
これでも前に訪問した時よりは良くなっていると綾は言っていましたが3ヶ月を過ぎた今でも宮城県の綺麗な景色はまだまだ戻ってきていません。
女川町ではボランティアに参加させていただきました。
泥の掻き出し、がれきの撤去作業を行いました。
臭いがキツく魚の死骸などもいて巨大化したハエがたくさん飛んでいます。
そんななかボランティアの皆さんはもの凄いスピードで作業されていてとても頼もしかったです。
私達も汗だく泥まみれになりながら頑張りました。
日本語のわからない外人さんも参加されていて日本のために力を貸してくれています。
ですが、数時間でできる作業の量は限られていたので全然人手が足りていないのが現実です。
そしてそこから古川の避難所を訪問させていただきました。
避難所の壁にはたくさんの国からの応援メッセージが飾られていて涙が出そうになりました。
避難所では家族を津波で失い1人で生活をしている方もいらっしゃいます。
避難所を出て仮設住宅での生活をしている方も
『避難所を出てしまえば物資などの支給が無くなってしまうので避難所にいた方がまだ良かった』などの意見。
『仕事がないなか、仮設住宅での生活が決まってもまだまだ自立などできるわけがない』という意見。
衣服などの物質はたくさん届きますが『穴のあいた靴下もあった、これから夏なので冬服はもう必要ないです』などの意見もいただきました。
ですが本当にこれは一部の意見なのでもちろんまだまだ物質が足りていない場所もたくさんあると私は思います。
もし、これから物質を送ろう!ボランティアに行こう!と考えていらっしゃる方がいましたらまず最初に今被災者の方達が被災地が何を必要としているのか?
何が足りていないのか?よく調べてから行動してあげて下さい。
私も今回の宮城県訪問でたくさんの事を学びました。
避難所の皆さんとほんの少しの時間ですがお話しができて本当にうれしかったです。
笑顔が素敵でとても楽しい方達です。
東京から突然来た私にも優しく話してくださり時々出るジョークなどたくさん笑わせていただきました。
こんな素敵な方達ですがきっと胸の内は計り知れない辛い気持ちや悲しい思いを抱えて生活していらっしゃると感じました。
どうか負けずに乗り越えていってほしいです!
私は東京で生活していますが東北の現実を絶対に忘れていったりしません!
復興にむけ応援し続けます。
必ずまた訪問させていただきます。
時間はかかっても復興にむけて動き、頑張って作業されている方達がいます!
もっともっと手を貸してくれる人達が増えていくと私は信じているので諦めず希望を持ち笑顔でいてください。
まだまだ東北には救いの手が必要であり、辛い生活をしている方達がたくさんいらっしゃいます。
同じ日本に住む日本人として復興される最後まで手を差し伸べ皆で見守っていきましょう。
よろしくお願い致します。
和田めぐみ














