2年以上も放置してしまいました。

実はパスワードが分からなくなってしまい、手続きが面倒なので後回しにしていたら、ずるずると汗うさぎ

 

とりあえず私もK1も元気です。

お仕事もしています。

ブリュッセルなのでちと遠いですが、職場環境はグッドです。

 

ブログ、とーきどきは書こうと思います。

自分の記録として。

 

50も半ばを過ぎると、物欲も減ったし、もうキャリア云々とかじゃなくて、「どうやったら毎日、心穏やかに、健康で暮らせるか」がプライオリティになりました。

枯れたのかな。いや、成熟した、と言っておこうニコニコ

 

日々是好日、でいたいですねぇ。

 

 

 

 

 

 

2月7日 日曜 雪

 

金曜に元同僚(ベルギー人)と長電話。

その中で

 

「旦那の髪を私が切ったのよー」

 

と言う。

ベルギーでは店はやってるけれど、飲食店は持ち帰りのみ、そして床屋やヘアサロンは閉まったままだ。

おかげで道ゆく人の髪型が斬新なことになっている。

私も伸び放題なので、ゴムで結んでないと、原始人みたい。。。我ながらヒドい。

結果、セルフで切る人が多くなったので、バリカンが品薄だそうな。

 

「あなたは旦那に切ってもらうの?」

 

と聞いたら

 

「そんなわけないじゃん。絶対、やだ!」

 

あはは。

わかる。

 

「今日、国家安全保障会議があるの。飲食店は分からないけど、ヘアサロンはオープンすることになると思うよ」

 

と言う。

ベルギーの状態は医療崩壊したポルトガル(ドイツの軍が助けに行った。なんでドイツかと言うと近隣のスペインもフランスも危機的な状況だからだ)や変異株で大打撃を受けているイギリスなどと比べると、落ち着いている。

果たしてその日の国家安全保障会議で、来週からヘアサロンがオープンすることになった。

 

床屋が閉店させられてたのは、実は切るときに接近するからではなく、床屋が開いているとみんなが集うから、なんだそうだ。

うちの近所にはイスラム系の床屋さんがあり、確かに、そこにはいつもお兄さんたちが集っている、というか、たむろってる。(女性のヘアサロンはそんなことはない)

なんでだろう、と不思議だけど、たぶん床屋って社交場なんだろう。

カフェもそうなんだけど、近所の人たちが集う場所が、軒並みコロナではNGだ。

人は集うことで楽しみを得る動物だから、そこでみんな、気持ちをやられるのだ。

 

「もう1年よ。長いよねぇ」

 

と彼女がため息をついた。

ほんとね。これ、いつまで続くのかなぁ。

 

人生初の失業中のワタクシ。

考えてみれば、これほど誰にも指図されず、時間にも縛られない期間って、初めてかも。

まぁ、試験やら面接やら応募やら、オランダ語の集中講座やら、で思ったより忙しいのは忙しいんだけど、やはり一日をずっと自分の権限で動いているわけで、会社員時代とはまるで感覚が違う。

つくづく「社畜」だったのね。わたしって。

 

ただ、せっかく(?)失業したのだから、本来はゆっくり日本に一時帰国して親の様子を見るとか、中国か台湾に中国語を思い出しに行くとか、車で近隣諸国の村々をゆっくり回るとか、できたはず。

大学生の卒業旅行みたいな感じで面映ゆいけど、働いていたら、自分の時間を切り売りしているようなものなので、そうそうまとまった休みというのは取れない。失業は、いい機会であるはずだった。

 

だが、コロナのせいで今はエッセンシャルな旅行以外はできないし、高齢者施設にいる父は帰っても面会できない。

 

動きが取れない。

 

結局、そこよねぇ、と思う。

 

集えない。

先が読めない。

動きが取れない。

 

この3つでみんな、じわじわ苦しいんだよね。程度の差こそ、あれ。

 

ちょっと油断すると、気持ちがどんどん沈んで行くので、よろしくない。

とにかく「自分のご機嫌をいかに保つか」が大事。

大人になると、赤ちゃんと違って誰もあやしてくれないもんね。

自分の心のメンテは自分でやらないと。

 

これが、なかなか難しいんだけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年 1月 28日

 

間があいてしまいました。

 

クリスマスの1週間前にミュンヘンからベルギーに帰ってきて、年越し。

今、ベルギーです。

 

私が飛行機に乗るタイミングでドイツで感染者が増え、ミュンヘンでも食料品以外のお店が閉じる事態に。(ベルギーは逆に感染者数が落ち着いてお店を開けて良くなった)。

 

あっちが開けたら、こっちが閉めないといけなくなる。

この繰り返し。

ワクチンの接種はベルギー、ドイツともに12月から始まったけど、手ごわい変異種が出てしまったので、この繰り返しはしばらく続くかもしれない。

 

さて。私の人生初の失業ライフだけど。

意外に忙しい。

試験ばかり受けている感じ。

オランダ語のコースの試験と就職試験。

 

今時の採用手順って時間がかかるのね。

レスポンスが遅いの。

応募したこっちが忘れてしまった頃に、「試験をします」みたいな連絡がある。で、試験(結構、大変!)をネットでやって、またしばらく連絡がなくて、忘れた頃に結果が来る。

それで終わりではなくて、ネット面接。

テストの合格が来てから「面接の日にちをお知らせしますね」と言われて、そこから1ヶ月、音沙汰なし。

さてはダメだったか、と思うと、「次の金曜でどうですか」。

いきなり三日後!とかだったりする。

 

おっそーい。。。。

 

いわゆる一般職だと応募者が殺到するのか、書類を送ろうとしたら

「もう他の人に決まりました」

みたいなパターンが多いので(失業者が多いからね)、もう少し間口の狭い、応募者の少なそうな、いわゆる専門職で応募しているので、その分、試験が多いのかもしれないけど、いやはや、だわ。

 

この歳になって、受験生みたいな生活を送るとは思わなかったよー。

 

もう何でもいいから早く決めたい!と思っちゃったりもするけど、それでは前職の過ちを繰り返すことになる(前職は「家に近い」という理由だけで決めてしまった。一生の不覚)。

慎重にしないとな。

 

今回、就職の情報収集でいろんな友人知人に意見を聞いて見た。

なるほど、と思うことと、これは違うな、と感じることと、色々。

例えば、

 

「あなたのやりたいことは何なの」

 

とアラフォー日本キャリア女子に聞かれたのだが、これは若い人(30代)の戦略。

私の年齢(50代)になると

 

「できそうなこと」

 

をベースに考えるようになる。

やりたいこと、というのは、往往にして「まだできないこと、未熟である」ことが多い。中年以降になると未熟さを周囲が許してくれることが少ない。若い人より覚えも悪いしね。伸び代がどんどん縮むってことなんだろうか。

 

あ、なるほどな、と思う意見は、やはり同年代のものが多かった。

 

「この歳になると、終わりから換算して考えた方がいいよ」

 

とアラフィフの友人。

 

「私たちの頃には年金もいつから出るか分からないし。

その仕事をすることで、次に続くか、とかで考えた方がいい」。

 

ここのところ日本の友人から「旦那が転職した」という話を立て続けに聞いた。

1人は金融。1人は製薬。

旦那はいずれも50代半ば。

2人とも日本を代表する大企業だ。

50代になると「黄昏研修」なるものを受けさせられ、「そろそろ出てね」となるらしい。

彼らの次の就職先の決め手って何だろうな。

少々、キツくても給与が多いところにしてガーッと数年、働いて引退とかいう道もあるのかもしれない。

それか、自分のスキルを活かして起業とか?

 

いずれも大変そうだわ。。。

 

楽な道などないとは分かってるんだけどね。

 

今回、どこに決まるかで、この先の人生がかなり変わるのは間違いない。

(決まらないかもしれないけど。汗)

 

思えばサラリーマンだった父が起業したのは50代だった。

ちょうど私の大学受験の時期で、母は

 

「国公立しかダメ!」

 

というので、理数が弱いにも関わらず、私はセンター試験に邁進するしかなかったのだった。私大文系に行きたかった高校生の私は、げげげー、何でー、と思ったけど、父は父でやむを得ぬものがあったんだろうと今なら分かる。

 

50代は迷えるお年頃、なのだ。

 

明日はどっちだ?