久しぶりにバスに乗った日のことです。
乗客はまばらで、車内は静かでした。
私が座ると、斜め前の席にいた老人がじっとこちらを見てきました。
目を逸らす気配もなく、ただ無表情で見つめ続けている。
声をかけられるわけでもなく、ただ「見られている」という圧だけがありました。
居心地の悪さに耐え、終点で降りました。
ほっとして振り返ると、老人の姿は見えません。
「どこかで降りたんだろう」と自分に言い聞かせて歩き出しました。
数分後。
背後からゆっくりとした足音が聞こえました。
振り返ると、そこには――あの老人。
確かに同じバスに乗っていたはずなのに、降りたところを見ていない。
しかも私との距離を一定に保ちながら、ただ無言で歩いてくる。
気味が悪くて道を変えました。
わざと曲がり角をいくつも折れてみましたが、振り返るとまた同じ距離にいる。
逃げるようにコンビニへ飛び込みました。
店内で少し時間を潰してから外に出ると、もう老人の姿はありませんでした。
――が、帰宅してドアを閉めた瞬間、ポストに何かが投げ込まれる音がしました。
恐る恐る覗くと、中には白紙の封筒。
中身は空っぽ。
ただ、封筒の表面には濃い指の跡がいくつもついていて、それがどうしても、あの老人の手のものに見えてならなかったのです。