【妄想小説】そして春の風(11) | 彼方からの手紙

彼方からの手紙

ラブレターフロム彼方 日々のお手紙です

第11話

好き

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

ガチャ

 

玄関のドアを開けたら、

やっぱり焦った表情のままで

わたしを見つめてる大野さんに、

少しとまどう。

 

とまどいながらも

会いたいなって思い浮かべてた時に

ほんとに会えちゃったことに、

わたしは浮足立っていて。

 

これまでは〆切前にしか

うちに来ることなんてなかったから、

急に訪ねてきてくれたことが、

嬉しくて嬉しくてドキドキしてて。

 

「どうしたの?こんな時間に」

 

「ひとりだよね?

今、ひとりでいんだよね」

 

玄関からリビングの方へ、

伺うような視線を向けて

キョロキョロ確認してる大野さん。

 

「ひとりだけど…」

 

なんでそんなこと聞くんだろう。

 

とりあえず入ってって

いつものように促しながら、

すっかり大野さん専用になってる

ブルーのスリッパを出す。

 

「はぁぁー…びびった、マジで」

 

「ニノがヘンなこと言うから焦った」

 

リビングまでの狭い廊下を歩きながら、

背中に聞こえてくる小さなつぶやき声。

 

「二宮くん?」

 

「……」

 

「二宮くんが、どうしたの?」

 

「……」

 

質問に答えない大野さんに

振り向こうとした瞬間、

 

ぎゅっと右手を引っ張られて、

ぐっと強く、一瞬で、腕の中。

 

ぐるんと回った視界に一瞬、

何が起こったの??って

理解できなかったけど、

 

強い腕に包まれてる感触、

ぎゅうううっとくっつく体の感覚に

抱きしめられてるんだって悟る。 

 

ドキドキドキドキ

 

背中にとん、とぶつかる廊下の壁。

目の前には真剣な大野さんの顔。

 

ああもうどうしよう、

ドキドキしすぎて、倒れそう!!

 

「お…大野さん、」

 

「そっか…確かにちょっと、

おかしいなと思ってたんだよな」

 
眉間にぐっとしわを寄せて

何か考えてる表情。

 

「智って呼んでって言ってんのに

普段は全っ然呼んでくんないの、

なんでだろって思ってたけど」

 

「オレがハニーって呼ぶのと

一緒だと思ってたから」

 

「照れ隠しだと思ってた」

 

なにかを納得したように

小さくつぶやく大野さんは、

あらためてぎゅっと

わたしを腕の中に包む。

 

首すじに、頬がくっつく。

柔らかくて、優しくて匂い。

 

「好き」

 

「…え?」

 

「好き。すげー好き」

 

「…………」

 

抱きしめられてる腕の中で、

ずっとずっと、

欲しかった言葉が耳に届いて、

思考がフリーズする。

 

こ、これは、これは、夢?

 

いつもはただごちゃごちゃと

勝手に浮かぶ言葉の海なのに

頭の中はただただパニックで。

 

ぎゅっと抱きしめられてる感覚だけが、

現実なんだと教えてくれる。

 

ぎゅっと触れ合ってる体と身体。

 

「好き」

 

もう一度、

強い言い方で言葉にしてくれた

目の前の真剣な、きれいな瞳。

 

「オレ伝えてたつもりだった。

最初の日に言ったんだよ」

 

「最初の日?」

 

「好きだって。つきあおうって」

 

記憶の奥を引っ張り出す。

最初の日… 

あの日はとにかく、

大野さんの描いた絵に感激して、

出来上がった誌面が嬉しくて、

ずっと興奮してて。

 

押し倒された後は、

アルコールのせいなのか

寝不足のせいなのか、

あんな感覚は、初めてで。

 

「なにか言った気がするのは

なんとなく覚えてるけど…」

 

「彼女になってよって言ったら、

”うん”ってうなずいたんだよ。

覚えてない?」

 

「…………」

 

「マジかぁ。笑」

 

あきれたように笑う顔。


「だって!!…あんなの初めてで」

 

「あんなの?」

 

「気持ち良すぎてすごい必死で、

意識飛ばしちゃうなんて

初めてだったから、その、」

 

「ふっ。笑」

 

やだもう何言ってるの!!

絶対赤くなってる…恥ずかしい。

 

「オレも悪い。

言うより先に、押し倒しちゃったし」

 

ふはは、って

はにかんだ笑顔のすぐ後に。

 

「…………」

 

急にオトコっぽい、

セクシーな顔で見つめられて、

もう心臓が爆発しそう。 

 

「いっつも全然止まんない」

 

包まれてる体は

さらにぎゅっと抱きしめられて。

 

甘い甘い、密な空気。

 

「オレずっと、

伝えてるつもりだった。

こうしてる時は、いっつも」

 

「ん、」

 

首すじに、

くちびるの柔らかさを感じて、

思わず小さく声が出る。

 

”こうしてる時”

 

肌と肌を重ねてる時。

カラダをつなげる瞬間。


行為のあいだじゅう、

強烈に、猛烈に、愛されてると、

感じていたのは、それは。

 

”伝えてたつもりだった”

 

受け取って…いいの?

 

「好き」

 

「ん…」

 

「すげえ好き」

 

柔らかいキスの合間に、

何度も届けられる声。

 

「好き、マジで」

 

ささやくみたいな、

セクシーな声。

 

こつん、とぶつかる、

おでことおでこ。

 

「もっかい、ちゃんと言う」

 

至近距離で

まっすぐ見つめる大野さんの目は

すごくすごくきれい。

 

目も、まつげも、鼻すじも。

動こうとしてるくちびるも、

ほんとにほんとにすごくきれい…

 

「オレとつきあって」

 

はい、って返事をしようと

小さく開けたくちびるの中に、

そっと入り込んでくる柔らかい熱。

 

甘い甘いキス。

 

柔らかい笑顔。

熱い熱いくちびる。

 

「好きだよ」

 

伝えてくれる言葉に。

 

一切のためらいのない

まっすぐな表情に。

 

胸がいっぱいになる。

 

「…好き」

 

伝えたかった言葉。

 

初めて口にしたら、

もう涙がこぼれそう。

 

「好き…大好き、智」

 

いつもの音楽も聞こえない。

 

わたしの全部が、

あなただけでいっぱいになる。

 

第11話

好き

 

 

(初出:2020.3.21)

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読んでいただき、

ありがとうございます!

次回最終回です(^^)/