【妄想小説】そして春の風(2) | 彼方からの手紙

彼方からの手紙

ラブレターフロム彼方 日々のお手紙です

第2話
あなただけ
 
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 
朝日の中の彼はきれい。
身体を囲う明るい光。
 
きれい。
彼の身体は、ほんとにきれい…
 
昨日の夜は「白日」のメロディが
アタマから離れなくて
胸がぴりぴりしてたのに、
 
朝の光を浴びてる今は、
にぎやかな音の洪水が
ファンファーレみたいに流れてる。
 
からだを囲う虹の糸が♪
見えているのは~あなただけ…
 
あなただけって
シンプルに素敵な言葉だな。

節ばった長い指でさっと拾ったシャツ、
光と一緒にふわりと身体に纏う姿を
ベッドの中からぼんやり眺めていたら、
優しいまなざしと目があって。
 
ふふふってかわいく笑う顔に
ふいにまたキュンと胸が高鳴る。
 
そりゃあもう勝手に、胸は。
キュンと勝手に、高鳴ってしまう。
 
…この胸キュン泥棒め。
 
逢えば逢うほど。
知れば知るほど。
抱きあえば抱きあうほど。
 
すごく好きだと思ってしまうし。
すごくすごく、好きだと思ってしまうし。
 
なんだかんだいったってこの気持ちは、
ただの恋の感情だって、
もうじゅうぶん自覚している。
 
でもだからといって、
この曖昧な関係を自分から、
確認するなんて勇気はなく。
 
「んーじゃ、帰るわ」
 
「昨日も遅くまでありがとう」
 
「今日入稿すんの?」
 
「うん。もう送っちゃう。
編集部はお正月休み中だけど」
 
「あ、1月1日か。
明けましておめでとうだ」
 
「そっか…明けまして、おめでとう」
 
「今年もよろしくね、ハニー♡」
 
ふふん、っていたずらな、
かわいい表情。
 
「その呼び方やめてよ」
 
「なんで?」
 
「だって……ずるい」
 
「ずるいってなんで。笑」
 
たとえふざけた言い方でも
ハニー♡なんてかわいく呼ばれると
自分は特別なんじゃないかって
勘違いしちゃうから。
 
そんな優しい声で
ハニー♡はずるいよ。
 
そう言いたい気持ちを
一瞬でぐっと抑える。
 
「……、」
 
思わず黙ってしまったわたしに
チュッと触れる、彼のくちびる。
 
甘いキスを落とされたら
もうどうしようもなく、
 
そりゃあもう勝手に、胸は。
キュンと勝手に、高鳴ってしまう。
 
この胸キュン泥棒め!!(2回目)
 
心の中でまた毒づきながら、
彼とはじめて会ったあの日、
 
あの秋の日のことを、思い出す―
 
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
 
2019年9月27日。
 
その日はまるで、
夏が戻ってきたかと思うような、
カンカン照りのいいお天気だった。

あまりの暑さに早々に、

二宮くんのお店に入って。
 
涼しいエアコンの真下の席で
月初入稿の原稿を書こうとしてた。
 
「…こほっ、こほっこほっ」
 
「もしかして風邪ですかぁ?」
 
関西弁のイントネーション、
アルバイトの西畑くんが
心配そうに声をかけてくれる。
 
「そうなの。
ちょっと夏風邪引いちゃって」
 
「エアコン寒いんとちがいます?」
 
「大丈夫大丈夫。
もう治りかけだから」
 
「寒くなったら言ってくださいね、
いつでも調整しますんで♪」
 
キラン!と輝くダイヤモンドスマイル、
思わずこっちまで笑顔になっちゃうな。
 
夏の終わりに、
元カレに結婚を知らされて以来。
 
ほとんどまともに眠れてなくて、
ひどい風邪を引いてしまったけど。
 
仕事の〆切だけは必ず、
確実にやってきてしまうから、
ノートパソコンを立ち上げて、
キーボードと向き合う。
 
勤めてた出版社を辞めてから、
もう何年も主たる仕事になってる、
フリーペーパーの編集業務。
 
取材からレイアウト決めから
一眼レフで写真を撮りに行くことまで
全部ひとりでこなしてるぶん
業務量は多いけど、
 
予算と入稿期日さえ厳守すれば
ほぼほぼ自由にやらせてくれるから
多少の気楽さはあって。
 
とりあえず今日は少し、
のんびりでもいいかなぁ…
 
風邪薬でちょっと、
ぼんやりしてる頭で、考える。
 
今日は27日だから
入稿までまだ数日、猶予あるし…
 
あ、そうだ。
レイちゃんには1本LINE入れておこう。
 
”レイちゃんお疲れさま!
イラストの方は進捗どうでしょかー。
風邪引いてて連絡遅くなった、ごめん”
 
こんなLINEしなくてもいつも彼女は
〆切通りに上げてくれるけど。
 
お互いフリーでやってる身、
長い付き合いの彼女に、
ほんとに書きたかったことを続けて書く。
 
”そういえば、あいつと別れました。
入稿終わったらご飯いきましょ”
 
ランチタイムもとっくに終わって、
もうお客さんのいない静かな店内。
 
♪テンテンテテテテテテンテン
♪テンテンテテテテテテンテン
 
iPhoneのディスプレイには
”レイちゃん”の文字が表示されてる。
 
電話かけてくるなんて珍しい。
”別れた”って書いたから
さっそく心配してくれたのかな。笑
 
そう思いながら急いで席を立つ。
 
♪テンテンテテテテテテンテン
 
「もう誰もいないからここで出れば?
わざわざ外行かなくても
 
「いいの?」
 
「うん。いいよ別に」
 
「ありがとう、お言葉に甘える!
…あ、もしもし、レイちゃん?」
 
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
 
「骨折??
イラストレーターさんが、ですか?」
 
「原稿間に合わないかも…」
 
弱り目に祟り目。
泣きっ面に蜂。
一難去ってまた一難…
 
ピンチな言葉ばかりが
アタマに浮かんでくる。
 
イラストがなかったら誌面にならない。
でももう全然、時間がない。
 
どうしよう。
どうしよう。
 
どうしようもうほんとに…
 
「二宮くんも西畑くんも
イラストレーターの知り合いとか」
 
「いやさすがに…、」
 
「いないよね、いるわけないよね」
 
「…………」
 
「ああもうどうしよう…!!」
 
続く災難に言葉が出ない。
 
弱り目に祟り目。
泣きっ面に蜂。
踏んだり蹴ったり。
 
ひどいフラれ方のあとの
ひどい寝不足、ひどい風邪、
そしてこの先はまさかまさか、
 
し、し、失業…
 
「こほっ」
 
言葉は出ないけど、咳は出る。
せきを切ったように咳が出てくる。
 
「こほっ、こほっごほっごほっ!」
 
どうしようなんか、
視界がぐらぐらしてきた…
 
「オレひとり知ってる。イラスト描ける人」
 
「…え?」
 
「ちょっと声かけてくるわ」
 
二宮くんがそう言わなかったら。
 
出逢っていない、
運命だった。
 
この日、大きく、
わたしの運命が、動き出した―
 
 
第2話
あなただけ
 
 
(初出:2020.1.17)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 
読んでいただき
ありがとうございます(^^)/
 
この秋の日は、「ルビー」の第13話
同じ日付設定で書いてました。
 
主人公ちゃんが大野さんに出会う日は、
翔くんとさくらさんにとっても
ターニングポイントの日だったっていう、
そういうシンクロがいいなあと思って(*^^*)
 
そして第1話同様、
主人公ちゃんの頭の中で流れてる曲が
お話のタイトルになってます。
 
今回は長谷川白紙の
「あなただけ」でした。
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とっても好きな曲だったんだけど、
このお話を書いてた2020年春の記憶と
ぴったりくっついてしまって、
今はほとんど聞けなくなってしまったという。
そういうこともあるよね、あるあるある~
(唐突にひとりしゃべり)
 
次の第3話から、
関係性が進んでいきます。
すきま時間でまた、読んでやってね、
どうぞよろしく(^^)/