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躁鬱、摂食障害と虐待を受けた日々の記録

長年虐待を受けてきた親と絶縁することにします。
気持ちの整理のためにも、私の病気と、生い立ちについて、覚えている事を記録しておこうと思いました。

私は現在20代後半の女性です。

躁鬱、摂食障害(拒食、過食嘔吐、下剤乱用)、アルコール依存、
不眠、等の症状で、通院とカウンセリングを受けています。

はじめて精神科に行っったのは15年前ですが、自分に病気という自覚がなかったため
病歴は何年になるかわかりません。

私は虐待のある家庭で生きてきました。
地元を離れて上京するまでの20数年間にわたって、肉体的、精神的虐待を受け
助けを求められる人は誰もおらず、物心ついたときには
日常に支障をきたす緒症状に悩まされていました。
(詳しい事は今後ブログに書いていきます)

父の暴力が始まったのは、私が2歳になるころ、
兄が幼稚園に入園する日のことです。

入園式の朝、家族そろって朝食をとっていたとき、
突然父が大声でどなり散らし、食卓の食べものを次々と兄の体に
投げつけ、暴れたそうです。理由は、
「食べるのが遅い、自分の思うように食事を摂らないから」だそうです。

2歳の頃の記憶などなく、母の話しですが
その日から地獄のような日々が始まりました。

母がその日の事を話すときに言ったのは
「入園式用に買ったブランドの服が汚れて着ていけなくなった。残念だ。」
の一言だけでした。

父が暴力を振るっても、母が助けてくれたことは一度もありませんでした。
暴力が始まると、自分一人別の部屋に逃げ込み、
一通り済んで父が静かになったころに現れ
床に散らばった食べものや、食器、ガラスなどを片づけるだけでした。

「お母さんが止めに入ったら、殺されるやろ」
「子供がもう一人いると思ったらええんやで」
「お母さんの実家には、お父さんのことバラさんといてな。迷惑やから」
「どこの家も、父親はこうなんやで。皆おなじなんや」

母はいつも私と兄に言い聞かせていました。


暴力を振るったのは主に父でしたが、
母の行動や言葉に傷つけられることの方が多かったような気がします。



その後の生活については、
今後細かく記録していく予定です。

この度親と絶縁できるきっかけがあり、
身辺整理のためにも、過去の記録を残していきたいと思います。