皆さんこんにちは。
日本初!痩せたら、返金。
『AVIEQ-BODY MAKE STUDIO-』
オフィシャルHP
ボディメイクスタジオ『AVIEQ-アヴィック-』でカウンセラー&トレーナー&エステティシャンをしているmeg_meこと三浦恵です。
大変お待たせしました!
第1話をお届けします。
第1章:ダイエット前の私
第1話:私はなぜ太ってしまったのか?
そこそこ生きてますので、ちょっと古い話&長くなります 笑
そもそも私、高校を卒業するまでは全く太ってませんでした。
ですよね?私、太ってないですよね?笑
当時の体重は45㎏~47㎏。
私の周りの友達はみんな細くて可愛くて、真面目な良い子に囲まれて生きてました。
小学生時代はスポーツが得意、中学時代は吹奏楽で筋トレ必須、高校生になってからはバイトと好きなバンドのライブ参戦に明け暮れ、彼氏とか出来てきゅんきゅんしてしまう普通の女の子でした 笑
家でおとなしくしておらず、活発な子でした。
高校を卒業して私はすぐ就職をしました。
職場は家の近所で、お昼休みには自宅で食事が出来るくらいの距離です。
そんな近いのに毎日車通勤・・・。
田舎なので、車は必須アイテム。卒業したらすぐ車に乗る生活が普通でした。
自由になるお金も、行動範囲も広がり、自力で動かない生活が始まりました。
仕事は印刷関係の仕事に就いており、書籍のレイアウトや名刺のデザインなどの作業が多く、一日中じっとしていることがほとんどでした。
職場でおとなしくしている仕事熱心な子でした。
ここ重要です!!
動かない生活がはじまったのです!!
もちろんこの時は、自分が太るなんで思いもしませんでした・・・。
仕事にも慣れ、好きなものを好きなだけ食べられるお金も手に入れ、私を甘やかす彼氏にも恵まれ・・・笑
すくすくと私は育っていきました。
そして気づけば20歳の成人式。
母が用意してくれた振袖を着た私は『貫禄のある女将さん』
一緒に写真に写る高校時代の友達との差は歴然・・・。
『え、何かが違う!違うよね??』
『私、どこから間違った??』
そこで気づけたらまだ良かったのですが、この時の私はまだ自分では
『貫禄のある女将さん』ではなく、当時大人気だった『宮沢りえ』気取りだったのです。
気づかないって怖いです。
ここで少し話が逸れます。
私の母はスーパーポジティブ、いやスーパー破天荒な人です。
当時からいつも好きなことを好きなだけ全力でやる人でした。
それは仕事も生活も・・・。
家族の反対を押し切り、大恋愛の末に20歳で私を生み、年子で妹を生み、
そして36歳で再度妊娠!
15歳の思春期真っ只中の私には受け止められない事態です。
いえ、受け止めましたが。待望の長男誕生でしたから!!笑
後継がなくていいのよね?やった!!でかした!!お母さん、いやお父さん?笑
ここで話、戻しますね。
私達子供が成長し自立したこと、長男誕生を機に仕事をセーブした母は
持ち前のサービス精神で毎食美味しい食事を作る、!そしてすごい量!!
それを私達に食べさせます。
でも美味しい♪もぐもぐ食べます。
料理上手な母と、動かない私。
安泰な人生に甘えた生活、危機感のない生活。
見てください。この危機感のない顔・・・。
全てはここから始まったのです。
そう、これが私の太ってしまった原因です。
ちなみに今思えば母も私と同じように同じタイミングで太っていきました。
恐ろしいことに・・・
このデブ期は18歳から始まり、26歳になるまでノンストップでした。
記憶薄いですが、157cm45㎏→56㎏まで増えました。
26歳で私のデブ期は終わりを迎えます。一旦、ですが・・・。
それは第2話『失敗してきたダイエット』でお話ししますね。
私がいるディメイクスタジオはこちらです。大変お待たせしました!
第1話をお届けします。
第1章:ダイエット前の私
第1話:私はなぜ太ってしまったのか?
そこそこ生きてますので、ちょっと古い話&長くなります 笑
そもそも私、高校を卒業するまでは全く太ってませんでした。
ですよね?私、太ってないですよね?笑
当時の体重は45㎏~47㎏。
私の周りの友達はみんな細くて可愛くて、真面目な良い子に囲まれて生きてました。
小学生時代はスポーツが得意、中学時代は吹奏楽で筋トレ必須、高校生になってからはバイトと好きなバンドのライブ参戦に明け暮れ、彼氏とか出来てきゅんきゅんしてしまう普通の女の子でした 笑
家でおとなしくしておらず、活発な子でした。
高校を卒業して私はすぐ就職をしました。
職場は家の近所で、お昼休みには自宅で食事が出来るくらいの距離です。
そんな近いのに毎日車通勤・・・。
田舎なので、車は必須アイテム。卒業したらすぐ車に乗る生活が普通でした。
自由になるお金も、行動範囲も広がり、自力で動かない生活が始まりました。
仕事は印刷関係の仕事に就いており、書籍のレイアウトや名刺のデザインなどの作業が多く、一日中じっとしていることがほとんどでした。
職場でおとなしくしている仕事熱心な子でした。
ここ重要です!!
動かない生活がはじまったのです!!
もちろんこの時は、自分が太るなんで思いもしませんでした・・・。
仕事にも慣れ、好きなものを好きなだけ食べられるお金も手に入れ、私を甘やかす彼氏にも恵まれ・・・笑
すくすくと私は育っていきました。
そして気づけば20歳の成人式。
母が用意してくれた振袖を着た私は『貫禄のある女将さん』
一緒に写真に写る高校時代の友達との差は歴然・・・。
『え、何かが違う!違うよね??』
『私、どこから間違った??』
そこで気づけたらまだ良かったのですが、この時の私はまだ自分では
『貫禄のある女将さん』ではなく、当時大人気だった『宮沢りえ』気取りだったのです。
気づかないって怖いです。
ここで少し話が逸れます。
私の母はスーパーポジティブ、いやスーパー破天荒な人です。
当時からいつも好きなことを好きなだけ全力でやる人でした。
それは仕事も生活も・・・。
家族の反対を押し切り、大恋愛の末に20歳で私を生み、年子で妹を生み、
そして36歳で再度妊娠!
15歳の思春期真っ只中の私には受け止められない事態です。
いえ、受け止めましたが。待望の長男誕生でしたから!!笑
後継がなくていいのよね?やった!!でかした!!お母さん、いやお父さん?笑
ここで話、戻しますね。
私達子供が成長し自立したこと、長男誕生を機に仕事をセーブした母は
持ち前のサービス精神で毎食美味しい食事を作る、!そしてすごい量!!
それを私達に食べさせます。
でも美味しい♪もぐもぐ食べます。
料理上手な母と、動かない私。
安泰な人生に甘えた生活、危機感のない生活。
見てください。この危機感のない顔・・・。
全てはここから始まったのです。
そう、これが私の太ってしまった原因です。
ちなみに今思えば母も私と同じように同じタイミングで太っていきました。
恐ろしいことに・・・
このデブ期は18歳から始まり、26歳になるまでノンストップでした。
記憶薄いですが、157cm45㎏→56㎏まで増えました。
26歳で私のデブ期は終わりを迎えます。一旦、ですが・・・。
それは第2話『失敗してきたダイエット』でお話ししますね。
日本初!痩せたら、返金。
『AVIEQ-BODY MAKE STUDIO-』
オフィシャルHP


