初のオーガナイズしたMystic Ring weekが終わり…
そこからの一ヶ月、
集中トレーニングの毎日です。
前半は苦悩と葛藤の日々
後半はそこは少し抜けたけどリアル(現実)での体感の日々
…って感じですかね。
今回のセッションで、自分が絶望していたことに気づけ、ようやく自分が望む方へ行動することができ始めました。
なぜやってもやっても行き詰まってる感が拭えなかったのかが、ようやくわかりました。
本当に見れてよかった。
感謝でしかない。
それからは気づきの嵐でした。
驚愕の日々。
今までなぜ気づけなかったのか、
ずっとそこに在ったのに。
先生たちの言葉の意味も全く受け取れてなかった自分に気づき…というか、先生たちの言っている事を受け取れていると勘違いしていた自分に気づき、ショックでした。
人は見たいものを見たいようにしか見ないし、
受けとりたいようにしか受け取らないのだと、
改めて痛感しました。
(それが"良い・悪い"という意味ではなく、"そうである"のだなと。)
相手の言葉を理解するためには、自分が成長するしか、食らいついて行くしかないですね。
話を戻します。。
この一ヶ月、気づきが色々ありすぎて今簡単に思い出せないし書ききれないので、少しずつ思い出したところから。
セッションを受けて、タロットのタワーのカードのようにガラガラと崩落し、自信を失い、頭ではわかっていても色んな感情が溢れ疑心暗鬼になり、誰を信じていいのか、何を信じていいのかもわからなくなりました。
自分の弱さや愚かさや…汚く醜いところもたくさん目の当たりにしました。
進みたい方向は私の望みは思考だけではなく全身全霊でわかりきっていた。
でも、それでも、立ち止まり揺らぐ自分がいることにも動揺しました。
そんな中で唯ひとつ、あきとあかりという家族が居てくれた。
二人と一緒に生きていきたいーー
それだけは私の中で揺るぎない確固たるものだった。
だからその光だけを見て、二人だけを信じて、歩み始めた感じでした。
大げさだけど、本当にそんな感じでした。
前半の苦悩と葛藤を抜けるきっかけとなったのは親友のおかげです。
私が病気の時も死にそうな時もそして元気になってからもずっと共に生きてきた友。
その彼女が、「これまで見てきた中で一番キツそうだった」と言ってました。
自分では実感がそこまでないのですが、彼女が言うのだからきっとそうなんだと思います。
そのくらいこの時期は、(私の発する)エネルギー的にキツかったんだと思います。
確かに、世の中みんな敵!ぐらいの警戒心バリバリでしたからね(笑)
目付きの悪さ、3割増しだったでしょうね(笑)
私はとりあえず極にふる傾向があるので、例に漏れずこのとき(セッション後)も真逆に振りました。
でも本当には振れてなかった。
ベースに恐れがあったから。
こっちへ進みたい!
という気持ちがギーっと強すぎて、
同時にもう片方には行きたくない(不安、恐れ)も強くなってギーっとなってた。
全くフラットじゃなかった。
それは分かってましたが
(そうしないと進めなかったんだなぁと今はわかりますが)
かなりガチガチになっていたと思います。
でもそれが↑で書いたように親友やたくさんの人たちや気づきを通して、ようやくフラットに近づいて過ごせた後半。
改めて、良い・悪いではないこと。
みんな生きたいように、生きてる。
それぞれが望むままに生きてる。
ただ、それだけだということも
ようやく日常を通して感じられてきました。
まだ不安がないと言ったら嘘になりますが、
前みたいにギーっとはなっていません。
私はパートナーや家族に寄り添い、私の望むままに生きればきっとそれが道になるんだろうなと。
とりあえず、自分のジャッジの強さも痛感してます。
そして、私が見たいもの=見なきゃいけないものはパートナーということはよくわかったので、引き続きトレーニングに励みたいと思います。
meg
そこからの一ヶ月、
集中トレーニングの毎日です。
前半は苦悩と葛藤の日々
後半はそこは少し抜けたけどリアル(現実)での体感の日々
…って感じですかね。
今回のセッションで、自分が絶望していたことに気づけ、ようやく自分が望む方へ行動することができ始めました。
なぜやってもやっても行き詰まってる感が拭えなかったのかが、ようやくわかりました。
本当に見れてよかった。
感謝でしかない。
それからは気づきの嵐でした。
驚愕の日々。
今までなぜ気づけなかったのか、
ずっとそこに在ったのに。
先生たちの言葉の意味も全く受け取れてなかった自分に気づき…というか、先生たちの言っている事を受け取れていると勘違いしていた自分に気づき、ショックでした。
人は見たいものを見たいようにしか見ないし、
受けとりたいようにしか受け取らないのだと、
改めて痛感しました。
(それが"良い・悪い"という意味ではなく、"そうである"のだなと。)
相手の言葉を理解するためには、自分が成長するしか、食らいついて行くしかないですね。
話を戻します。。
この一ヶ月、気づきが色々ありすぎて今簡単に思い出せないし書ききれないので、少しずつ思い出したところから。
セッションを受けて、タロットのタワーのカードのようにガラガラと崩落し、自信を失い、頭ではわかっていても色んな感情が溢れ疑心暗鬼になり、誰を信じていいのか、何を信じていいのかもわからなくなりました。
自分の弱さや愚かさや…汚く醜いところもたくさん目の当たりにしました。
進みたい方向は私の望みは思考だけではなく全身全霊でわかりきっていた。
でも、それでも、立ち止まり揺らぐ自分がいることにも動揺しました。
そんな中で唯ひとつ、あきとあかりという家族が居てくれた。
二人と一緒に生きていきたいーー
それだけは私の中で揺るぎない確固たるものだった。
だからその光だけを見て、二人だけを信じて、歩み始めた感じでした。
大げさだけど、本当にそんな感じでした。
前半の苦悩と葛藤を抜けるきっかけとなったのは親友のおかげです。
私が病気の時も死にそうな時もそして元気になってからもずっと共に生きてきた友。
その彼女が、「これまで見てきた中で一番キツそうだった」と言ってました。
自分では実感がそこまでないのですが、彼女が言うのだからきっとそうなんだと思います。
そのくらいこの時期は、(私の発する)エネルギー的にキツかったんだと思います。
確かに、世の中みんな敵!ぐらいの警戒心バリバリでしたからね(笑)
目付きの悪さ、3割増しだったでしょうね(笑)
私はとりあえず極にふる傾向があるので、例に漏れずこのとき(セッション後)も真逆に振りました。
でも本当には振れてなかった。
ベースに恐れがあったから。
こっちへ進みたい!
という気持ちがギーっと強すぎて、
同時にもう片方には行きたくない(不安、恐れ)も強くなってギーっとなってた。
全くフラットじゃなかった。
それは分かってましたが
(そうしないと進めなかったんだなぁと今はわかりますが)
かなりガチガチになっていたと思います。
でもそれが↑で書いたように親友やたくさんの人たちや気づきを通して、ようやくフラットに近づいて過ごせた後半。
改めて、良い・悪いではないこと。
みんな生きたいように、生きてる。
それぞれが望むままに生きてる。
ただ、それだけだということも
ようやく日常を通して感じられてきました。
まだ不安がないと言ったら嘘になりますが、
前みたいにギーっとはなっていません。
私はパートナーや家族に寄り添い、私の望むままに生きればきっとそれが道になるんだろうなと。
とりあえず、自分のジャッジの強さも痛感してます。
そして、私が見たいもの=見なきゃいけないものはパートナーということはよくわかったので、引き続きトレーニングに励みたいと思います。
meg

