父が亡くなってから

いつのまにか50日を越えていました。


おかげさまで無事に四十九日法要も終えて、

少しだけ日常に戻ろうとしている私がいます。

(なぜかまたお経にとても癒されました、

お坊さんに感謝)


でも父が旅立った日が、まだ3日前くらいな気もしたり、、

なにか時間の感覚がおかしいです。


 ただ、親を看送るというのは

よほど子供時代に早くお別れする場合は別としたら


早い遅いはともかくとしても、

誰しもいつか来る事であって、


しかも私の場合はずいぶん前からいつも心のどこかに覚悟はあったから、

悲しくてたまらないとかは特に感じていません。


手続きにあたり

死亡日を書く書類が沢山あったのですが、

それを記載するたびに、

なにかそれは2回目の誕生日のようなもので

何か一つの人生を卒業して次の世界に行ったんだなって。急になぜかそう思いました。

それは親だからだと思うけれどね。

家にいるときも施設にいるときも病院にいるときも、ずっと今を無事に辛くなく過ごせているだろうか?転んでないか?痛むところはないか?イライラしてないか?穏やかで過ごせているか?気になって

だから今白いお骨の箱にはいり、

母とともに小さなお位牌となり、

我が家に帰ってきて、手元にあることにホッとしている。おかえり、やっと母と一緒の場所だよねと思う。

生きているときに、

もっとこうだったら、とか、こうしてあげていたら、とかは思ったより感じませんでした。

今回はね。



コロナの再拡大もあり、葬儀疲れ?仕事疲れ?みたいなのもあり、ずっと仕事に行く以外はどこにも出かけず、休日は、必要な用事がなければずっと長時間眠っていて、何にも触れない日が続いていました。昨日も12時間くらい寝てしまって。

バンタンにも、、エナイプンにも、、まったく


全てのなにもかもに全く触れない日々でした。



でも月日のすぎるの、早いなぁ。

50日が3日くらいに感じるんです。

寝てて起きたら50日たってた感じです。


今日久しぶりに

仕事と日常の食料品の買い出し以外の用事で外に出たら、空が青くて暑かったなぁ。

季節は動いてるんだなぁ

私が眠ってただけでバンタンだって動いてる



人が歳をとるのはあっというま。

死んでいくまでの日々もあっというま。


その間に、出会った一つ一つの縁を、

心から大切にしないとバチがあたると思いました。

あとお金もね、もっと丁寧に大切にしないと

自分が死んだとき娘が苦労しちゃうな。

本当に丁寧に使えているか考えなくちゃな。

もう血縁者もいないんだから

今の家族に迷惑かけないように

しっかり丁寧に生きていなくちゃ


 色々と丁寧に生きていかなくちゃ。

時間は短いのだから、

いつかこうしよう、と思っていたらきっとずっとできない。


あっという間の人生のなかの、

貴重な1日、貴重な時間のなかで

私のヘンテコブログに立ち寄ってくださって

感謝します。

私にとって とても大切な ひとたち、



そしてながくのあいだ

いいねも、コメントも、

ずーーーーっと出来なくてごめんなさい。


完全に浦島太郎状態だったから、

急に立ち寄ってもいいねが出来なくなっちゃって。。。



ここに立ち寄ってくださった方に感謝しています


おやすみなさい