グローバルプロジェクト関連でグローバル本社からの来客があり、今晩はその来客を囲んでの立食パーティでした。
最初の挨拶、乾杯の音頭、最後の挨拶はマネジメント層の人からであり、英語でしていただきました。しかし、プロジェクトには14のパートがあり、今年はその中の8パートに取り組むとしており、その8パートのリーダーからの挨拶となると、大半は実務担当者になり、大半は英語での挨拶は無理なのです。
私も出席した全体の会議でも、コーディネーターが概要を通訳していましたし、各パートの会議も同様だと思います。
会議と違ってパーティでの挨拶はそれほど専門的な内容ではないため、コーディネーターに「通訳をしようか」と一言断って、ポイントを絞って通訳しました。
よくLinkedInでのディスカッションで、日本企業における英語の問題が出てきて「英語が全てでは無い」、「英語はやはりグローバルな場面でのビジネスでは不可欠」などのコメントが飛び交います。
ちなみに私は「英語はコミュニケーションの手段であり目的では無い。全てでは無い」を言い続けてきている人です。でも、やっぱり英語ができることに越したことは無いな、と思ってしまいました。
その理由は、全体の会議で通訳を入れることの効率の悪さはもちろん、最後の締めの挨拶のこともあります。その挨拶とは、このプロジェクトの意義・目的についてでしたが、本来の目的(目標達成)に加えて、これを通じてコーディネーターに任命された社員を始め各パートのリーダーに任命された若手がプロジェクトマネジメント力、そして語学力含めて色んなことを学び身に着けることを願う、という内容でした。