最後にぐっすり寝たのは、いつだったのかな。
いつだって夜には目の開く限りゲームして、疲れたら眠るのが習慣だった。
昼間や仕事中、自然と張り詰めた神経も家では緩んで、眠れてたのに。
最近は、どうにも。
移動の隙間時間だったり、待機の時間にとるぷつぷつ途切れた睡眠が最大の休息になっていた。
もともと顔色もそんなに良い方じゃないから、こんな不調は意外と周りにバレなかったんだけど。
そんな生活が1週間を迎えようとしてた時。
いつも通りの待機時間、当たり前に横にいるリーダーの体温にあっためられて、久しぶりに眠気がきていた。少しいつもより深くもたれると、分かってるよって伝えるみたいに腰を支えてくれるリーダーに甘えて、安心してさらに深く寄りかかる。そうすると珍しく頭を寄せてくるリーダーの重さが気持ちよくて。それからすぐ、ずいぶん久しぶりに深く眠った気がした。
それからも忙しく過ごしていたのに、相変わらず寝て休むことができない毎日で。それでも体力には限界があるらしく、ぷつんと自分では分からないうちに落ちるように意識が無くなった後、2時間ほどで起きることが続いていた。医者に行こうかとも思ったけど、特に強い衝撃を受けた記憶もなければ、ついこの前分かった健康診断の結果も良好だった。頭痛も無く、体力ゲージが常に真っ赤な気分以外には特に弊害もなく過ごせる。大野さんの横であんなにゆっくり休めたのが不思議なくらい、暗闇でもお気に入りのベッドでも眠れない状態は続いていたけど。
しばらくそのままふわふわと過ごしていると、誰かが隣にいると、眠ることができるかもしれないことに気付いた。バカみたいだけど、大野さんだから眠ることができたのかなって、それ以来大野さんに頻繁にもたれて眠るようにはなっていた。そんな時だけが唯一休めるように眠れる時間で、何も言わずにこんこんと眠っていても大野さんは何も聞かなかった。
でもその日は、ピンの撮影で抜けた大野さんの代わりに、新聞を読んでいた翔ちゃんに気がついたら寄りかかって眠っていたみたいで。どれくらい経ったのかはわからなかったけど微かな揺れで起きて、撮影に呼ばれていた翔ちゃんにすぐごめんと謝ると、お疲れって少し心配顔でふわっと笑っていた。
あったかいと眠れるのかなって、スタジオへ行く翔ちゃんの後ろ姿をぼーっと見ながら考えていると、すれ違いに部屋に入ってきた、ちょっと眉間にシワを寄せた不機嫌顔の大野さんがすとんと隣に座った。いつも通りの0距離で翔ちゃんより少し高い体温の大野さんにもたれるとまたすぐ、ふっと眠気がやってくるからそのまま目をつぶって眠った。その寝入る少し前、いつもぴくりともしない大野さんに珍しく手を包まれて、そのやけにあったかい手の温もりが優しくて心地よかったからいつにも増して深く眠ったのは今でもはっきり覚えてるけど、そんなことはその時の1回きりだった。それに翔ちゃんにもたれて眠ったのもその1回きりで、大野さんじゃなくても人肌に安心して眠れるのかなと思ったことも、それ以来は何かと大野さんが傍にいてくれるのに甘えて休んでいたから、本当の所は分からなかったままだ。
それでもやっぱりそんなことが二週間近く続いたころには、たまに身体が言うことを効かなくなることがでてきて、視界が狭くなるようになった。
すると、
「にの?どうした?」
「へ?」
「なんかおかしい。」
大野さんには、結局すぐバレた。
大野さんには、そういう所があって、いつもすぐに気付く。腰が痛くて靴紐縛れなかったり。
何も言えなくて下向いて歯を食いしばって痛みに耐えてるとき。
オーバーじゃなく隣にいて、何だか当たり前みたいに色んなフォローをしてくれるから、有難い存在だ。
本人になんで分かるのか聞いてみたら、ニノの事はわかる。と、真顔で宣っていた。
とにかく今は、大野さんの体温があればゆっくり眠れるようなので、しばらくは楽屋で事情を知った大野さんが横にいられる時間を増やしてくれて少し長く休めるようになった。
ただ大野さんに会える回数だって限られていて。隣を独占して眠り続けることも難しい。それで流石に1ヶ月経つ頃には慢性的な寝不足で、頭が随分ぼんやりするようになっていた。翔ちゃんや潤くんに心配そうな顔をされることも増えだして、いよいよどうしようと思っていた時。
「寝にきた。」
小さいボストンバックを持って目深に帽子を被った大野さんが、インターホンの小さなモニター越しにそう言った。玄関を開けると無言で入ってきた大野さんは寝に来たという宣言通り、ほとんど話すことなくベットに転がって寝息を立て始めた。大野さんの横はいつもみたいに温かくて、何で来たのとか、聞きたいこともあったけど黙って眠った。結局そのまま大野さんは2日家に泊まっていった。2日間もこんなに続けてベットで眠るのは久しぶりで、2日目の朝には真っ赤だった信号も黄色の点滅くらいになっていた。大野さんはまた来ると言ってその日の朝のうちにぼさぼさの寝癖に帽子を被って帰っていった。
それから大野さんはたまに小さなボストンバックを持って、泊まりに来るようになっていた。特に話しをすることもしないでただただ寝て、顔色をチェックしていつも2、3日で帰っていった。
体調自体は大野さんのおかげでしっかり眠れる日はあったものの、良くなることはなかった。むしろ大野さんがいない時には一睡もできず、意識が落ちる回数は増える一方だった。
そんな状態のままでも、特に大野さん以外に事情を話すこともなくなんとか毎日を過ごしていた。
大野さんにしても全ての事情を説明したわけじゃ無かった。ただ最近眠れないと伝えて隣で寝ているだけだったのに、家に来て様子を見て帰っていくファインプレーは大野さんの天性の勘だったんだろうか。
それでもいつだって来られるわけじゃなくて不在が続けばむしろ、体調は悪化する一方だった。
自分では限界に気付かなかったようで大野さんの地方ロケが続いて家に来るのが2週間ぶり近かったころ、玄関で大野さんを迎えるとそのまま目の前で崩れ落ちてしまった。
次に目を開けた時にはベットに横たわっていて、寝起きの良い俺がいくら声を掛けても起きないから気が気じゃなかったと大野さんは渋い顔をして言った。一緒にいる時は眠れるので気を失ったところを初めて見た大野さんは、肝が冷えたと手を握る力が強くて苦笑いした。
意識の落ちる回数の増加は止まらず、とうとうメンバーの揃った楽屋でまた落ちてしまった。
大野さんは確かにまた忙しくてしばらく家には来ていなかった。あれ以降頻繁に来るようにはなっていたけど、来たとしてもすれ違いでしっかり休めるほどの時間が無いことが殆どだった。
幸いゲストの関係で長い待機時間だったので仕事には支障が出なかったけど、これが本番中だったらと怖くなった。医者にかかって、翌日には精密検査を受けることになった。つい2ヶ月ほど前の検診で何も見つかっていないものの、その時には無かった脳の精密検査などもすることになった。大野さんは着いていくとマネージャーに訴えていたようだけど、翌日の検査にはいなくて少し心細くなった。
検査はかなり時間が掛かって、休日は丸つぶれだった。さらにその日はそのまま病院で睡眠剤を投与され休むことになった。睡眠剤での眠りは浅かったのか、かなりはっきりと大野さんの夢を見た。と、思ったら翌朝起きるとソファーに大野さんが寝ていた。夢では無かったらしい。これじゃあ睡眠剤が効いて眠れたのか、大野さんの握った手のおかげか分からない。それでも検査結果を一人で聞くのは嫌だったので、来てくれてよかったと思った。
大野さんの眠る呼吸を聞いていたせいか、また少しうつらうつらとしていると部屋の扉が開く音がして起きてしまった。入ってきたのはマネージャーで、ソファーで寝てる大野さんがゆすり起こされて部屋を出ていくのを薄目で見ていた。大野さんの居ない1人の部屋では眠れなかったけど、それでも睡眠剤のおかげか意識はずっと遠くにあってぼんやりと休んでいた。そのまま眠っていたのか、大野さんが白衣の先生と3人で部屋に戻ってきたことには気付かなくて、大野さんにゆっくり起こされた。目を開くと視界いっぱいには大野さんの顔があって、そういえば最近よくこんな表情をさせてるなぁとぼんやり、心配顔の大野さんを見て思っていた。
先生曰く、数値はすべて正常で身体にも脳にも問題は無かったという。大野さんは軽く事情を話したようで、精神的な疲労などが問題だろうということだった。睡眠剤が処方されて、それを飲めばとりあえず意識を失うようなことは無くなるだろうと言われた。とにかく仕事で迷惑を掛ける事だけは避けたかったので、処方された薬はありがたかった。
薬は適正に効いていた。意識が落ちる回数は減って、特に昼中に落ちたりすることがなくなった。それに、今まではまさに電池が切れるように突然だったのが、落ちる前に分かるようになっていた。そんな時が分かるようになったのは自分よりもむしろ大野さんの方が早かったかもしれない。やっぱり大野さんは不思議な人で、俺から発信されてる危険信号がはっきり分かるのか、収録中でも楽屋でも力が入らなくて焦りそうになると横で支えてくれていた。それで自然と大野さんの顔を見ると安心できるようになっていた。顔を見ると眠くなるパブロフの犬みたいに、大野さんは俺の安眠剤で安定剤になっていた。もちろん処方された薬は定期的に飲み続けていたけど、大野さんの横で休んだ後だけは、薬を飲み出して始まった頭痛が起こることもなくただ眠り続けることができたから、そんなことも伝えずに大野さんの横を確保しては眠っていた。
いつまでもこんな身体のままでは、困ることは目に見えてはっきりしている。それでも大野さんの隣にいるとなぜ眠れるのか、それは大野さんじゃなくてもいいのか、ということは分からないままでいた。それは他の3人が楽屋でもどこでも執拗に大野さんに寄りかかって休んでいることに、特に何も言わなかったからかもしれないし、ただ大野さんに不足が無いからかもしれない。そもそも心配されることは苦手で、大切に扱われることも好きじゃないから、ただ黙って寄りかからせてくれる存在ほどありがたいものはなかった。
3人にはじゃれ合いの延長だと思われていたかもしれないし、新しい遊びだと思われていたかもしれない。
充血した目を見て心配しているらしいことは、ぼんやりと大野さんが話してはいたけど、直接には何も言われなかった。
ただ翔ちゃんが何度かまだ大野さんが来ていない楽屋で、寝なよって言うみたいに座っている隣を叩いて呼ばれてもたれることはあった。それでもあの時みたいに眠ることは無くて、ぼんやりとなんでもない話をしているうちに大野さんが入ってきて、隣に座ると頭越しに翔ちゃんと話す声が聞こえてそれでやっと眠った。翔ちゃんの「智くん大丈夫?」という声が意識の遠くで聞こえたけど、大野さんの返事は聞こえなかった。
本当の所、大野さんはどう思っているんだろうなんて、思ったことは無かった。
平たくいえばただの睡眠不足だということが証明された今、治療の余地もなくて、一向に快方に向かわない身体が少しずつ重たく感じるようになったことも大野さんにはお見通しだったようで。
「鍵。」
「?」
「俺、それしか持ってないから。」
「え…?」
「ちゃんと待ってろよ。」
寝ててもいいからと言って笑った大野さんも少し疲れた顔をしていた。