この記事書くのにかなりの時間を使ってしまった
語り多め、難しい話多目ですが良かった最後まで見てください。
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パレスチナ観光
6人の仲間に増えました
1人は急遽夜に現れ、もう1人は朝合流
宿のオーナーさんが車で連れて行ってくれます(もちろんお金は払います)
6人乗りでありがたい
まずは難民キャンプ
パレスチナとイスラエルを隔てる鉄格子
バンクシーアート巡り
バンクシーホテル見学
アパルトヘイトウォール
バンクシーショップ
と盛りだくさんでした!
とても印象的なのは、やっぱり壁に描かれているメッセージ性の強いウォールアートの数々
描いた人々の思が込められたものばかり
自由、勝利を願っている
これをきっかけにパレスチナ問題に強い関心を持つことが出来たの
パレスチナ問題を私なりに簡単に説明させてもらいます
長いです本当
昔々、はるか昔
ヘブライ人という人達が遊牧民としてフラフラしていました
彼らはそろそろずっと住める場所が欲しいなーとパレスチナ地方を見つけ、そこに住むようになした。
その一部の集団はこっちもいいなとエジプトにも住み始めます
しかしその時代のエジプトはとても厳しく奴隷のように扱われてしまい、逃げ出したくなりました。
そんな中、神のお告げを聞いたと言われるモーセと言う人に率いられ、ヘブライ人たちは神のお告げに従いエジプトからに逃げることに成功します
神に助けられたモーセ率いるヘブライ人は神とのは契約を結んだりと色々ありますが、これ書くと脱線するので省きます。
これがユダヤ教のはじまりのはじまり。
後にヘブライ人はユダヤ人と呼ばれるようになります。
ユダヤ人は長い年月をかけパレスチナに住むようになり、ヘブライ王国を作りました。
ただここは、近隣諸国の通り道だったりとってもいい場所
みんな欲しがり色んな国や民族が侵略してきます
分裂したり支配されたり
そしてついにペルシャと言う強国に滅ぼされてしまい、パレスチナにはイスラム帝国が建国されます
アラブ人も入ってきてここでイスラム教を信仰し始めます
しかしイスラム帝国は割と寛容的でユダヤ人に戻ってきていいよーと言い、アラブ人もユダヤ人もいざこざはありながら平穏に暮らしていました
それから時が経ち
第一次世界が勃発
その中イギリスはアラブ人に対してもユダヤ人に対しても「イギリスに協力するなら国を作ってあげるよー」と同じような約束をします
もちろんイギリスは約束は守れず国連に丸投げ
拗らせてしまったアラブ人とユダヤ人は対立が激化
仲良く分割も拒否
アメリカのユダヤ人ひいきでイスラエル独立宣言をするともちろんアラブ人は怒ってしまいます
周りの国を巻き込み
アラブ人諸国vsイスラエル
第一次中東戦争が勃発
アメリカの支援もありイスラエル側が勝利しました
ただガザ地区とヨルダン川西岸地域はエジプトとヨルダンが支配します
のちの戦争でまたその地区もイスラエルに占領されてしまったりと、取り合いと戦闘は続きますが
現在はその地区に住むアラブ人による自治区が認められています
それがパレスチナ自治区です
ただイスラエル側からしてみればこの存在はとても怖い
いつ襲って来るかもわからないので壁を作ってしまいます
これがアパルトヘイトウォール
突然作られたそうです
しかもイスラエルが大きくなるように作られたといわれています
そしてパレスチナ人はこの壁の外に行くことが出来ません
特別な許可が必要だったり
自由がない
逆にイスラエル人は簡単に出入りが出来ます
パレスチナ自治区にはイスラエル人が住む地もあるそうで、パレスチナ人を監視したり追い出そうとしたり。
そんな状況なら当然今でもデモがあり一発触発の争いも起こっていて亡くなってしまう人もいます
私達が行った何日か後に空爆のような事もあったそう
ただ私が行ってみて感じたパレスチナはとても明るかった
人が優しかった
子ども達も笑顔だった
人々の貧しさは伝わってくるけど
とてもいい街だった
ウォールアートをみて心から平和を願った
自由も願った
自由を勝ち取る為には争う。そーだよね、それしかないのかな?辛すぎる
私の力じゃ何も出来ないけど、こうやって誰かと情報を共有したり、話したり語り合いたい
せっかく行かせてもらった、受け入れてもらったならあーそなんだーで終わるのは勿体ないよね?
歴史的背景から、なんでどうしての回収もできた
全部つながって行くから、歴史を知るのが好きだなー
まだまだ色々書きたいことはありますが、私のこの物語ちっくで間違っているかも知れない知識より、専門家の知識がいいと思うし、納得行くまで自分で調べた方がいいと思います
ネットで何でも調べられる時代、情報はとてもありがたい

長くなったのでここまで
読んでくれてありがとう御座いました
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