世界中にRockの日の記念日も記念碑もない。
でもRockは確かにある。
今もどこかで鳴っている。
Rockで「6」と「9」なんて、これまたなんとも安易なもんだと分かっていても反応してしまう。
「6」で「ろく」で「Rock」でいいじゃないかとも思ったが、必要なんだと思う。「9」が。
Rockってのは「今、そこにあること」でしか存在を確認できない。
だから予測もできないし、狙って起こす事も不可能。
そして「今、そこにしかない」から誰もが憧れと幻想を抱く。
それが刹那であり、永遠である事に誰もが気付いてるからだとも思う。
その姿なき憧れに何度魅了されたんだろうな。
自分が生きた瞬間がそれに似た光を放つ事があったらそれはきっと嬉しいんだろうな。
でもそれを実感として掴む事は出来ないような気もする。
けどそれでいいのだと思う。
太陽のように輝いて、万人を照らすRockもあれば、誰か1人の暗がりの足下を照らすRockもある。
ま、こんな正体を掴もうとする思考すらもどうでもよいのだ。
We haven't had that spirit here since nineteen sixty nine…
イーグルスのホテルカリフォルニアの有名な歌詞の一節。
1969年以降、そのような酒はこちらにはご用意しておりません。
という歌詞。
Spiritは魂という意味と酒の意味がある。
ジン、ウォッカ、ラム、テキーラの事をスピリッツなんて呼ぶ。
この歌詞は
1969年以降、そのような魂はこちらにはご用意しておりません。
と訳される事もある。
(1969年以降の魂を、と訳される場合もある)
これは、ウッドストックが開催された1969年以降に多く開催されるようになった音楽フェスが、アーティストが求める表現の発露としての演奏ではなく、いかに好まれ大衆が購買し大量集客できるかを第一義においた曲の演奏を強制させられる時代となり、アーティストのスピリット(魂)など失われてしまった事を暗に表現してるとも言われていて、正直、この話を知った時はよく分からなかった。
僕がいま組んでるバンドとして、人間が鳴らしたい音楽は?鳴らせる音楽の正体と行方は? と問いかけてる。
今はそんな旅の途中。
止まらない日々、刻々変化する考えや欲望や願望を掴もうとする事は、刹那と永遠を共にするRockとよく似てる。
そしてそれこそが生きる事。
“We are programmed to receive,You can check out anytime you like… but you can never leave”
あなたは好きな時にチェックアウトできます、しかし二度と立ち去ることはできません。
子供の頃、
時代のうねりなんて昔のものだと思ってた。
世界の歪みなんて第2次世界大戦の集結で終わったのかと思ってた。
だけど、やっと時代のうねりの轟音が聞こえてくるようになった。
本当にうねってるか、うねってないかはもう問題じゃない。
受け入れて、進むだけ。
信じる方へと、気になる方へと進むだけ。
その途中に「あー、うん、やっぱそうだ。愛してるわー」と言える人と出会えたら最高だよな。
いつか、きっと。
さぁ、行こう。Rockのステージに。
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