「コロナ危機」は「世界の終焉」を避けるための最終警告
「地球連合」を組織し新たな文明の方向への第一歩を今踏み出す時
参考)Dr. Samurai minute's lecture https://www.youtube.com/channel/UCpP4q2JOTZ4P-v0DXgRZQgw/videos?view=0&sort=dd&shelf_id=1
■ 世界的な過激な「国家主義」の台頭、グレタ・サンバーグによる「気候危機」アクション、オーストラリア、カリフォルニア、アマゾン、そしてその他世界至る所における「森林大火災」、毎年800~1200万トンに渡る「海洋プラスティック汚染」、アメリカを始め頻発する「銃乱射及びテロ活動」。そして、今回世界中を恐怖の渦に巻き込んでいる「コロナ危機」…
こうした一連の地球規模の問題は、ひょっとしたら本当に「世界の終焉」の始まりを意味するのかもしれない、と感じている人がいたとしても決して不思議ではない。
このまま我々が今の生活様式を続けていれば、この星は確実に破滅に向かう。
そのことは恐らく内心誰もが感じているはずだ。
こうした問題はすべて、我々人間の歪んだ確信に基づく破壊行為(作用)に対する反作用だ。
我々人間のライフスタイルは自然の回復能力の域を遥かに越えているのである。
その事は分かっているが、私たちの多くはその生活を変えることができないでいる。
なぜだろう?
そもそも現代の私たちは心の底では「動物」そして「動物的な要素」を軽蔑し忌み嫌っている。
人間は皆自分たちが「自然」より優れた、選ばれた存在だと思い込んでいるのだ。
即ち、我々は「自然を否定」し、
その否定が「人類の文明」と「自然」とを大きく乖離させ
自然は我々が手を加えることなしには醜い価値のないものだと信じ込んでいる。
これが、今日我々が直面している「環境破壊の真の原因」である。
我々は「自然を愛する」といった美辞麗句の裏で、
実は「文明>自然」を確信し、
自分たちを取り囲む自然を破壊する方向を意図的に選択し続け、
その破壊が、我々の生活を直接脅かす所まで来てしまっているのである。
私たちの生活を変えるには
私たちの心に深く刻み込まれてしまったこの歪んだ考えを変えなければならない。
でも、どうやって。。。
私たちが生き残りを真剣に考えるのであれば、
まず第一に、これから先、政策の選択を迫られる際、
機械的に「どちらが自然を大切にし、守るものなのか」で選択を判断し始める必要がある。
そして第二に、私たちは誰もが皆持って生まれた動物と自然を求め感謝する感性(共感)
を少しずつ取り戻さなければならない。
子供はみな動物や動物のぬいぐるみが大好きだ。
大人も、
締め切ったオフィスで長時間拘束された後に外に出た瞬間、何とも言えない解放感を感じ
広大な大自然を目の当たりにすると、言いようのない感動と喜びを体全体で感ずる。
しかし、ある程度の年齢になると、
こうした自然な感性を抑圧し捻じ曲げる事が「大人になる事」と勘違いするよう社会的に教え込まれてしまう。
そもそも我々は誰しも皆自然の一部として生まれてくる。
どんなにハンサムなアイドルも、非の打ちどころのないほど美しいモデルも
皆例外なく排便し、排尿し、鼻をかみ、体の中には細菌を持っていきているのだ。
言い換えれば、我々は自然の一部であり、自然は我々の一部だということだ。
ということは、自然や動物的要素を否定することは自分自身を否定していることに他ならないことになる。
つまり、我々の多くは、ありのままの自己【アイデンティティ】を受け入れられずに生きているということになる。
このことは人類全体が精深刻な神的障害を抱えながら生きていることを意味する。
心理学者ユングはその「個体化理論」の中で、
人間の最終的なゴールは分化した自己を一つに統合することであると述べている。
この理論はそっくりそのまま私たちの有機的惑星である地球にも当てはまる。
この地球上における我々人類の最終的なミッションは実は自然との再統合なのである。
分裂した状態が真の安定状態を築くことはあり得ない。
これは力学的な事実である。
あらゆる宗教、哲学、経済理論は人間が作ったものだ。
自然はそれらすべての人為的産物を超越する大前提である。
人間は地上に存在する他のあらゆる人種、生物、事物と調和し、
自然、地球と一体化する方向に進む方向で生活することで初めて真の安定を得ることができるのである。
これ以外に人間が地球上で生活を続けられる選択肢はない。
そして、一連の「気候危機」「森林大火災」、「海洋プラスティック汚染」「銃乱射及びテロ活動」は、これまでの人類の生活が自然に相反してきた結果と言わざるをえない。
中でも「国家主義」は地上での人類の再統合を真っ向から否定する負の元凶と言える。
「コロナウイルス」の発生源は、一部に人為的に作られたとする説もあるが
一般にはコウモリ(もしくはそれを食したアルマジロ)が強く疑われている。
つまり、
後天的に肉を消化する酵素を身に付けたとは言え、
95%植物的食物に依存しているチンパンジーと95%DNAが一致した人間が、
こうしたウイルスを持つ動物の肉食という、
自然の摂理に反した肉食行為を行ったことが原因ということになる。
他を敗者として犠牲にした一部の勝者など存在しえない。
なぜか?
地球というのは、その上に存在するすべてのものが最終的につながってできている、
37時間もあれば飛行機で一周できる本当に小さなこの球体だからだ。
「アメリカ第一主義」といったような一部だけを特別扱いし
その他すべてを切り捨てるというあまりに力学的に偏ったバランス状態を
維持し続けることは、この小さな限りある球体上では不可能だ。
コロナウイルスが世界中に蔓延してしまっている今、
アメリカだけがその影響を逃れることができているだろうか?
資源や大きさも限られる地球で
開拓と破壊を永久に続けなければ機能できない資本主義の社会システムを
このまま続けて行くことは絶対に不可能なのだ。
この事は、
経済活動を維持しなけなければならない事が、Covid-19を封じ込める最大の支障となっていることからも感じ取れる。
我々は破壊に依存しない新たな社会システムに軌道修正しなければならない。
最低限の生活の補償を約束する
「ユニバーサル・ベイシック・インカム(Universal Basic Income)」の導入はその必然的第一歩だ。
実際、資本主義活動が機能しなくなっている現在、
多くの国々が国民の生活を保障するための助成金の配布を実施しようとしている。
ある意味では、私たちがコロナウイルスの生で現在直面している状況は、すべて人類の将来のあり方を示唆する予兆であると捉えることもできる。
「キリスト教」自体は確かに素晴らしい宗教だ。
ただ、その教義の中心である「人類による地上のあらゆるものの支配」が
今日我々の生活を脅かしている過剰な人間中心主義を推し進めた原動力であるという事実は否定することはできない。
そして、キリスト教は「資本主義」と結びつくことで、
この地球上に存在する他の民族や人間以外のあらゆるものの破壊を現実的に正当化してしまった。原油を求めるため世界中至る所に穴があけられ、利益を求めて他者を蹴落としているのはそのホンの一例だ。
キリスト教の「汝の隣人を愛せよ」という教えは、
他民族、他宗教、動物、そして、自然をも含まなければならない。
後に合衆国憲法に修正案が加えられたように、
人間の文明が地球全体を包括するようになってしまった今日、
キリスト教にもその現状に対応する修正案が加えられて然るべきだ。
これは決して神の意志に反する行為ではない筈だ。
真のキリスト教は神が創造した地球上のすべてのものに対する人類の責任を説いている。
聖書のそこかしこに、この事を示唆する言及が存在することは、
誠実に聖書の解釈に努めてきた真のキリスト教徒ならば誰も否定しないはずだ。
世界の総人口の1/3を占める最も文明の進んだキリスト教には、地球全体の事を考慮する責任も付いて回る筈だ。
これは、
我々の行為の対象が誰であり、彼らがどれだけ痛みを感じることができ、
その行為が我々自身の安全にどれだけ影響するかといった相手のレベルの問題ではない。
それは、「我々自身がいかなる存在であろうとするのか」といった、
我々の存在意義、言わば、我々自身のアイデンティティ(生き方)の問題である。
宇宙で唯一生命が存在する小さな奇跡の星の上で
我々が
他の命を侵す方向を肯定し選択するのか。
それとも
我々は他のあらゆる人種や生きとし生ける者たちを尊重し、
彼らが存在する星に自分も存在できたことに感謝の気持ちを持って生きて行くのか。
地球を愛することのできない者に地球に住む資格はない。
それが誰であり、どんなに地位の高い人間であってもだ。
彼らが他者を攻撃し侵略する姿勢を自ら選択し固執するのならば、
この星とそこで平和に暮らす事を望むすべての者たちを守るため、我々は断固とした姿勢を取らなければならない。
「侵さず侵されず」。
「限りある地球」で平和に生きて行きたいと願う誰しもが受け入れなければならないたった一つの条件だ。
他者を受け入れ、共に一体となるよう最善を尽くして生きて行く。
これは、私たちが真の心の「安定」と「幸せ」に辿り着き、
私たちがこの星に生まれてきた本当の「意味」を理解する
たった一つの道だ。
現在の「自然と人間」そして「人間と人間」とが「分裂」した状態から「統合」へ向かって、新たに皆が一丸となって生きて行くのだ。
この小さな惑星を中心に一つにまとまるのだ。
自身の欲望や保身だけを追い求めることは、
人間を果てしない不満と不信へと導き、
あまりに多くの物を所有することは、未知なる死への恐怖をただ増長させるだけのことだ。
このコロナウイルスによる「世界の危機」は、
私たち人類に
このまま自分たちだけの物質的な満足と豊かさを追い求め競争し続けることで
この奇跡の星を本当に破滅へと向かわせるのか
それとも
この星とその上で暮らす生きとし生けるすべての者たちのことを考え、
この星に誕生し生きることのできた奇跡に感謝し、
そのすばらしい星が自分のいなくなった後も未来永劫命で満たされた楽園として存続することを確信し、その素晴らしい星の一部として土に帰えることを喜びとして穏やかに
生きる道を選択するのか。
この世界危機は、私たちにこの重大な二者択一を迫る本当に最後の警告と言えるのかもしれない(了)。


























