ガヤさん
http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01/e/6c1a74f356403ffc7f1dba8d757f899a
昔から商人は富を成すと中心地から離れたところに壕を構えて住み完全なる分離を図ろうとした。昔ながらの封建社会と税を収める以外では可能な限り自由な関係であろうとしたそうだ。
芸術は中心地や知られない土地で決して裕福ではなく暮らす者たちによって創作され、そのすぐ外に住むこととなった後発商人(成金)たちに支えられた。それがブールバール(環状線)を語源にするブルジョワだ。
現代の文化もこの原理に大きく変わりはないように思える。
それが個人であればなおさらだ。同じ市民が芸術にお金を払ってくれることは凄く光栄なことであり、我々の市民という単位ではなく、個の世界がひとつのなんらかのカタチをなしたものなのかもしれない。
かしこい、あたまがいいだけ、とかでは分からない。ものなんです。
ある振動を与え続けたら開く。
聞こえない音。可聴範囲を超えてもそこにあるんだよ。
録音したものを聞いても違うと切ってしまう。
映像になってしまうとちがう。
天才というより、他の人には理解できないものを確信を持って行っていくもの。
バリスの青、ニーチェの白、マルクスの赤、セリーヌの黒、アントナン・アルト―の焦げ茶色、ニジンスキーのレモンイエロー、
死んだ奴の音がきこえてきたりするよね
蓮舫が67年生まれの発言がなかなか良いんですよね。
「私の時代からすれば、60、70年代、負(マイナス)とプラスのパワーを持った人がいたというのがすごい羨ましいと思います。」
負の個性っていうものは必ずあるし必要なものだ。
今は本当に少ないし、それが良いことかもしれないけど、良すぎてそれはそれで大変で、
一括りには決してすべきものではない。
今年のはじまりはパリペキン高校からでしたが、今はかおりと二人でやっているぷりてんど高校(高校のフリをするという意味)。
学び続けたいです。
「私の時代からすれば、60、70年代、負(マイナス)とプラスのパワーを持った人がいたというのがすごい羨ましいと思います。」
負の個性っていうものは必ずあるし必要なものだ。
今は本当に少ないし、それが良いことかもしれないけど、良すぎてそれはそれで大変で、
一括りには決してすべきものではない。
今年のはじまりはパリペキン高校からでしたが、今はかおりと二人でやっているぷりてんど高校(高校のフリをするという意味)。
学び続けたいです。