1冊目は『繋がっているのに孤独』を読んでみる。
ところどころ変なところがあるかもしれません。
読んだ方と感想を共有したいです。
SNSだけでなくメールやテレビ通話などでつねに誰かとつながっている現代社会。
現代の人々は本当にそれで満足しているのか?何か大事なものを失ってはいないか?
というのが本書の問いととらえた。
2部16章で構成されている。
かいつまんで概略の説明を。
ロボットと人間のかかわり
1部ではテクノロジーの発達で生まれたロボットと、人間とのかかわりについて書かれている。子供と遊んだり、世話をするロボット・会話を楽しむロボット・老人の世話をするロボットなどが登場する。その中で人は、自分の望む反応を得るためにロボットが喜ぶような行動をとる。-まるでロボットを感情を持つ生き物かのように。
そしてロボットに恋をするような人も登場する。人間関係を構築するよりずっと楽だからという理由で、ロボットに愛情を注ぐ人が増え始める。
果たして、それでいいのだろうか?人間の認識のなかでロボットを「生き物」扱いすることで、相対的に生身の人間が「モノ」扱いされるのではないかという懸念を抱いた。
つながっているのに孤独
2部ではそうしたテクノロジーの発達と、人々の認識の変化による人間関係の変化を描く。
テクノロジーの引力に負け、現実世界を見ようとしない人々。
リアルタイムでのコミュニケーションを避け、オンラインやテキスト上でのやり取りに終始することに警鐘を鳴らしている。
ここからは私の感想。
「場所」を必死に探す私たち
本書はテクノロジーを否定する本ではない。
本書が提示する問いは「テクノロジーをどう扱うか」である。
我々がロボットと人とのかかわりについてあれこれ考える以上のスピードで、テクノロジーが進歩し、その恩恵だけを享受することに問題提起をしている。
現代人は場所に拘束されないコミュニケーションの在り方を得たことで、かえって場所を渇望する動きに向かっている。たとえばフェスや、コミケなどの「そこ」に行くことによって一体感が得られるような場所。そのような「場所」はネット上にもある。炎上した芸能人を袋叩きにする場面など。
人間とロボットの間には、越えてはいけない領域があると思う。
どこにも居場所がない人々は、そこに足を踏み入れてしまいかねない。
自分を自分であるという実感を感じられる場所は必要で、それを見つけるためには自分を見つめる時間が必要だ。
本書を読んで感じたことはこんな感じです。
500ページほどある本でしたが、すらすら読むことができました。