【AFP=時事】イスラム教の預言者ムハンマド(Mohammad)の孫で7世紀に殉教したイマーム・フセイン(Imam Hussein)の死を悼む行事「アシュラ(Ashura)」の行列が行われたパキスタンのラワルピンディ(Rawalpindi)で15日、シーア(Shiite)派とスンニ(Sunni)派が衝突し、8人が死亡、40人以上が負傷した。
シーア派祭日に攻撃相次ぐ、死者44人 イラク
衝突は、首都イスラマバード(Islamabad)に隣接する軍事都市ラワルピンディの中心街で、シーア派の行列が、近くのスンニ派のモスクにさしかかった時に起きた。
ある警察関係者は、「モスクではちょうど説教が行われており、激高したシーア派がこのモスクを襲い、織物市場に放火した」と語った。ある救急当局者はモスクと付属の神学校が放火されたと述べた。
ラワルピンディ地区病院の医師はAFPに「衝突の死者は8人に達し、44人が負傷した。私の病院に運ばれてきた44人の負傷者のうち13人に銃創があった」と語った。発砲もあったため、警察は負傷者が増える恐れがあるとみている。
衝突を受けて多数の兵士がラワルピンディ市内に展開し、シーア派とスンニ派を解散させるため催涙ガスを使用したと報じられている。
パキスタンでは宗派間抗争が頻繁に起きている。国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)やイスラム武装勢力タリバン(Taliban)に関係のあるスンニ派の過激派組織は、イスラム教スンニ派が多い同国で人口の約20%を占めるシーア派を攻撃している。シーア派のイスラム教徒がイマーム・フセインを追悼するムハッラム(Muharram)月(イスラム歴の1月)は特に緊迫した時期になる。【翻訳編集】 AFPBB News
(この記事は国際総合(AFP=時事)から引用させて頂きました)
シーア派祭日に攻撃相次ぐ、死者44人 イラク
衝突は、首都イスラマバード(Islamabad)に隣接する軍事都市ラワルピンディの中心街で、シーア派の行列が、近くのスンニ派のモスクにさしかかった時に起きた。
ある警察関係者は、「モスクではちょうど説教が行われており、激高したシーア派がこのモスクを襲い、織物市場に放火した」と語った。ある救急当局者はモスクと付属の神学校が放火されたと述べた。
ラワルピンディ地区病院の医師はAFPに「衝突の死者は8人に達し、44人が負傷した。私の病院に運ばれてきた44人の負傷者のうち13人に銃創があった」と語った。発砲もあったため、警察は負傷者が増える恐れがあるとみている。
衝突を受けて多数の兵士がラワルピンディ市内に展開し、シーア派とスンニ派を解散させるため催涙ガスを使用したと報じられている。
パキスタンでは宗派間抗争が頻繁に起きている。国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)やイスラム武装勢力タリバン(Taliban)に関係のあるスンニ派の過激派組織は、イスラム教スンニ派が多い同国で人口の約20%を占めるシーア派を攻撃している。シーア派のイスラム教徒がイマーム・フセインを追悼するムハッラム(Muharram)月(イスラム歴の1月)は特に緊迫した時期になる。【翻訳編集】 AFPBB News
(この記事は国際総合(AFP=時事)から引用させて頂きました)
◆大相撲九州場所6日目 ○徳勝龍(押し倒し)琴勇輝●(15日・福岡国際センター) 佐渡ケ嶽部屋が、またも悲劇に襲われた。同部屋の西前頭10枚目・琴勇輝が、同14枚目・徳勝龍に押し倒しで負けた際に左膝を負傷した。担架で運ばれて病院に直行。7日目から休場の可能性が高くなった。同部屋は既に大関・琴奨菊が右大胸筋を、カド番大関・琴欧洲が左肩を痛めて途中休場。同部屋の幕内3人が同時に途中休場すれば1946年秋場所の伊勢ケ浜部屋以来、67年ぶりになる。無傷の6連勝は白鵬、日馬富士の両横綱と平幕・翔天狼の3人となった。
呪われているとしか思えない。琴勇輝は、徳勝龍の強烈な右のど輪で土俵際に追い詰められた。弓なりになってこらえたが突然、左膝が力なく曲がって崩れ落ちる。膝が完全に折れ曲がった体勢であおむけに倒れると、徳勝龍の体重(171キロ)も加わった。苦悶(くもん)の表情でしばらく立ち上がれない。車椅子に乗せられて医務室へ。「膝が動かない」。救急車が到着すると、担架に乗ったまま病院へと直行した。
5日目まで4勝1敗と好調だった弟子の負傷に、師匠・佐渡ケ嶽親方(元関脇・琴ノ若)は「音はしなかったと言っていたので、まだいい方かと思う」と説明。だが「明日の出場は厳しい? はい。明日の朝、本人と話して決めます」と唇をかんだ。
部屋は琴奨菊が「右大胸筋断裂」で全治3か月の見込みで3日目から、琴欧洲が「左肩鎖関節脱臼」で全治4週間を要す見込みで4日目から休場した。琴勇輝が休場すれば幕内3人が全滅。同部屋の幕内3人が、途中から同時に休場するのは1946年秋場所の伊勢ケ浜部屋(照国、備州山、若瀬川)以来だ。おまけに十両・琴弥山は6連敗と、負の連鎖は止まらない。
場所前には福岡・久山町の部屋に、白鵬、日馬富士の両横綱が出稽古に来るなど幕内3人の調整は順調だった。「何なんですかね。場所前はみんな調子が良かったので今場所はいいかなと思ったけど。終わったことは仕方ないが」佐渡ケ嶽親方はうつむくしかなかった。
部屋の幕内3人が再出場せず全休すれば、来年1月の初場所は琴奨菊がカド番、琴欧洲が関脇に陥落。琴勇輝は十両落ちの可能性が浮上する。琴弥山も成績次第では幕下に落ちる。名門・佐渡ケ嶽が大ピンチに立たされた。
◆同部屋幕内3力士の途中休場 13日制だった1946年秋場所で伊勢ケ浜部屋(当時)の横綱・照国、小結・備州山、東前頭3枚目・若瀬川の3人。照国は歯槽のう漏などに伴う体調不良で6日目から、備州山は足の負傷で7日目から、若瀬川は背中の左側の打撲で10日目から途中休場した。同時ではないが、15日制定着以後の50年初場所の出羽海部屋で、常ノ山が3日目から11日目まで、宮城海が12日目から、五ツ海が千秋楽のみ休場したケース。途中休場ではないが93年初場所の佐渡ケ嶽部屋で琴椿が全休、琴ケ梅が5日目から、琴別府が14日目から休場したケースがある。
(この記事はスポーツ総合(スポーツ報知)から引用させて頂きました)
呪われているとしか思えない。琴勇輝は、徳勝龍の強烈な右のど輪で土俵際に追い詰められた。弓なりになってこらえたが突然、左膝が力なく曲がって崩れ落ちる。膝が完全に折れ曲がった体勢であおむけに倒れると、徳勝龍の体重(171キロ)も加わった。苦悶(くもん)の表情でしばらく立ち上がれない。車椅子に乗せられて医務室へ。「膝が動かない」。救急車が到着すると、担架に乗ったまま病院へと直行した。
5日目まで4勝1敗と好調だった弟子の負傷に、師匠・佐渡ケ嶽親方(元関脇・琴ノ若)は「音はしなかったと言っていたので、まだいい方かと思う」と説明。だが「明日の出場は厳しい? はい。明日の朝、本人と話して決めます」と唇をかんだ。
部屋は琴奨菊が「右大胸筋断裂」で全治3か月の見込みで3日目から、琴欧洲が「左肩鎖関節脱臼」で全治4週間を要す見込みで4日目から休場した。琴勇輝が休場すれば幕内3人が全滅。同部屋の幕内3人が、途中から同時に休場するのは1946年秋場所の伊勢ケ浜部屋(照国、備州山、若瀬川)以来だ。おまけに十両・琴弥山は6連敗と、負の連鎖は止まらない。
場所前には福岡・久山町の部屋に、白鵬、日馬富士の両横綱が出稽古に来るなど幕内3人の調整は順調だった。「何なんですかね。場所前はみんな調子が良かったので今場所はいいかなと思ったけど。終わったことは仕方ないが」佐渡ケ嶽親方はうつむくしかなかった。
部屋の幕内3人が再出場せず全休すれば、来年1月の初場所は琴奨菊がカド番、琴欧洲が関脇に陥落。琴勇輝は十両落ちの可能性が浮上する。琴弥山も成績次第では幕下に落ちる。名門・佐渡ケ嶽が大ピンチに立たされた。
◆同部屋幕内3力士の途中休場 13日制だった1946年秋場所で伊勢ケ浜部屋(当時)の横綱・照国、小結・備州山、東前頭3枚目・若瀬川の3人。照国は歯槽のう漏などに伴う体調不良で6日目から、備州山は足の負傷で7日目から、若瀬川は背中の左側の打撲で10日目から途中休場した。同時ではないが、15日制定着以後の50年初場所の出羽海部屋で、常ノ山が3日目から11日目まで、宮城海が12日目から、五ツ海が千秋楽のみ休場したケース。途中休場ではないが93年初場所の佐渡ケ嶽部屋で琴椿が全休、琴ケ梅が5日目から、琴別府が14日目から休場したケースがある。
(この記事はスポーツ総合(スポーツ報知)から引用させて頂きました)