先日仕事で大きなミスを犯してしまった。

 

最終的な決断はまだ下されていないが、会社に小さからぬ損益を与えてしまうだろう。

そして上司や同僚たちにも迷惑をかけてしまった。

 

「いつもと同じ事だから大丈夫だろう」

「自分に限っては大丈夫」

 

少し状況が違う中で自らの油断と慢心が導いてしまった大きなミス。

同じような事例を犯してしまった人たちの言葉が突き刺さる

「まさか自分の身にふりかかろうとは」

 

そんなときによぎる、事を起こすに至った「過程」の責任転嫁。

「この動作をせざるをえない状況を作った周りが悪い」

「そのようなところにいた相手が悪い」

 

落ち着いて見返して久々にとてつもない嫌悪感を自分に抱いた。

 

それでもふつふつと沸いてくる、言葉に出来ない感情。

この数年の努力は?頑張りは?

このひとつのミスですべてが無に帰すのか?

何のために頑張ってきたんだろう、身を粉にして勤めてきたのだろう。

 

そもそもなんで頑張っているんだろう?

 

理想と現実と疑問と、この世は様々な起伏の中で悩まなければならない。

すべてを通り抜け、望む結果を得ることの難しさ。

 

まだまだ精神的に成長出来ていないと痛感させられた今回の「不覚」

 

起こしてしまった「結果」 直接的な「原因」 それは己自身なのであるからそこに至る「過程」など理由にはならない。

 

白か黒か、0か100かを求められる場面で

グレーや50を選びたがる私はまだまだ未熟者である。