小説風にノンフィクで
お伝えします
~幼少期編①~
厳格な家庭で育ったわたし。
4人兄弟の長女でした。
まぁもともと捻くれた性格だったけど
それなりに外でも内でも
いい子にしてたつもり。
生まれてからわたしの家には
親戚の家族
お母さんとおばあちゃん
お母さんの妹2人に弟1人
ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん
そんな環境だった。
それが"普通"だと思ってた。
けどある日お母さんに
「かりんちゃんはお姉ちゃんになる」
って突然言われた。
昼も夜も仕事に出ていて
遊び相手は親戚の家族とか
お母さんの兄弟とか
近所の子供とか。
ほんとは
お母さんだけいれば
かりんはいいのに。
弟か妹なんかいらないって
ずっと泣いて
お母さんを困らせた。
もちろん大声で泣くから
家の人みんなも困ってたけど
気づいたら
たまに会ってたおじさんに
よく会いに行くようになった。
「かりんのお父さんだよ」
まだ小学校に上がる前のかりんは
全然わからなかった。
お父さんってなに?
って言うぐらい知らない物だった。
何度も大きいお店に行って
綺麗なドレスを着るお母さんがいて
それに合わせてかりんも着てみる
そこに行くと砂糖のお菓子がもらえるから
いい子にしてた。
その頃からだったと思う。
お母さんの弟のオジさんに
性的なちょっかいを出される様になった。
いくつかわからないけどたぶん
オジさんは学生だったと思う。
触らされたり
触られたりした
でも気持ちよかったから
悪いこととは知らなかった。
特別嫌な感情も無かった。
オジさんはお母さんには内緒の遊び
って言ってたから
お母さんには言わなかった
ただ
「お母さんとお父さんも
この遊びをしてかりんちゃんも
弟か妹も出来たんだよ」
って言われた時
かりんとは遊んでくれないのに
あの"お父さん"とは遊んでた事が
悲しかった。
ドレスを着た結婚式が終わって
"お父さん"のお家で暮らす様になった。
3人しか居ない家は静かすぎたけど
毎日お母さんがいたから
寂しくなかった
でも突然
知らないおばさんとおじさんに
預けられてお母さんは
いなくなった。
出産でした。
しばらくして
弟を連れて帰ってきた。
かりんが小学校に入る頃だった。
それから毎日お母さんは
怒鳴ってヒステリックを起こしたり
泣いたり
自傷行為したり
弟とかかりんに手をあげる様になった
見ていて辛かったし
悲しかった
怖かった
やっぱり
弟なんかいらないじゃん
って思った
いつも手をあげた後
泣きながら抱きしめて
謝り続けてるお母さんは
元の大好きなお母さん
お母さんが家を飛び出した日
弟と2人になった
泣き止まない弟
どうしていいかわからないかりん
泣きながらオムツを替えたり
ミルク作ったり
抱っこして見たけど
泣き止まないから
お母さんみたいに
かりんも怒鳴って
弟を叩いちゃった
初めて人に暴力を振った
すぐ後悔したの覚えてる
柔らかくて小さくて
叩いたからか泣きすぎてかわからないけど
ほっぺたが赤くて
お母さんにされる怖さ、痛さ
わたしも知ってるのに
なにも喋れない弟にいけないことした。
謝りながら抱っこしてあやした
時間はかかったけど
静かに寝てくれた。
それが可愛くて
喋れるかりんが守らないと
って思うようになった。
明るくなった頃に
お母さんは帰ってきた。
でも
怒られるのが怖くて
弟の寝てる横で寝たふりをした。
‥つもりが寝ちゃったんだけど笑
何度かお母さんの弟への
暴力を止めようとして
やめてって
かりんが弟の代わりに謝るからって
言ったけど
うるさいって怒られて
結局怖くて止められなかった
あの時は助けられなくてごめんね
って思ってる。
けど、弟の次の年にまた1人
その再来年にまた1人
弟が増えて
6人家族になった。
末っ子の頃にはお母さんも
滅多に手をあげなくなったし
わたしが怒られることも
少なくなった。
かりんは中学生になった。
その頃には物事の良し悪しも
だいぶわかってきた
お父さん側の親戚は
公務員ばかりで
教育にはうるさくて
やれ世間体がどうのって
習い事とかたくさんやらされて
マジうざいって思って
正直嫌いだった。
お母さんの実家の悪口を言うところも
大っ嫌いだった。
なんにも知らないくせに。
お母さん側の親がなんかのお礼で
手土産を持って言った時も、
玄関先で受け取るだけ受け取って
とんでもない、うちの嫁ですから
の一言で帰して
非常識だとみんなに言う。
ならそっちがお母さんの実家に
顔だしたことあんのかよ
って思ってた。
事情は知らないけど
とにかく嫌いだった。
家でのストレスがだんだん
外に出る様になって
不良の先輩とつるむ様になった。
呼び出しもあったし
警察にも行った