秘密の森

秘密の森

ひたむきに。

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久しぶりのブログ。
熊本の、地震のことはあえて書かずにきました。
3ヶ月経ちましたが、被害のひどかった地域は、
倒れた家も、崩れた道路もそのままで、今も何も変わってない。たぶん。
もう東京では熊本のニュースも流れなくなりました。


不平や不満、愚痴は山ほどあるし、
それを書いたところで、どうにもならない。
自然の摂理には贖えないし、
関係のない人にはわかってもらえない。
仕方のないことなんです。どうしようもないことなんです。
5年前、東北で起こった惨状を、テレビを通して、だけど色々見てきて、
涙を流す人を見て一緒に泣いた。
家をなくした人に同情もした。
だけど、全然わかってなかった。
ぜんぜん。
だから分かってもらわなくてもいいんだという結論に至ったんです。

体験した人じゃないと分からない。

震度7、私は実際に経験したわけじゃないから、
こんなことを書いている私だって何にもわかってないんだ、
恐怖とか。不安とか、憤りとか、そういうこと。


私がわかるのは、地元から遠く離れた場所で、
故郷が、友達がどんな目にあっているかわからない、
何もできない、何の役にも立たない、
というなんとも表現しようのない気持ち。


だけど、熊本で起こっていることなんか、
わたしの周りの人にとっては何処か遠くの田舎町で起こった、、
ただの対岸の火事でしかなく。

熊本の人が、水やガスが出ない、家に帰れない、
というニュースを見ながらお菓子を食べている。


でも、それは仕方のないこと。
日常を過ごせる人は日常を過ごす、それが当たり前なんだ、

と、自分に言い聞かせ。


だったらもう知ってもらう必要もないのかなと。
知ってもらいたいのは、、熊本は良いところだということ。
山も、海も、川も、街も、人も、みんな良いのだ。


だからいつか作りたい、
熊本のいいところばかりを詰め込んだ番組を。


被災していないわたしが後ろ向きではダメなのだ。
月並みな言葉だけど、前を向こう。


それが私の出した答えです。



みんなにいいことがあればいいのにね
って思うことが最近よくある。
 


私が手を広げて届くところにいる人たちみんな。
とにかく元気でいて欲しい。
笑っていて欲しい。




わたしが望むのはただそれだけ。 


もう2度とあんなに悲しい思いはしたくないから。





「しゃぼん」 吉川トリコ

可愛らしい女の子がしゃぼんの泡に包まれて眠っている、
そんな柔らかな雰囲気の表紙を開き、読み進めると
仕事を辞め、半ば引きこもり、お風呂には3日入らなくても平気・・・
表紙の女の子とは掛け離れた29歳女性の物語がそこにはあった。。



先日、同い年の友人(以下、A子)と食事をしていたときのこと。
A子はおもむろに「女子力をあげたいのよね、どうしたらいい?」と
私に投げかけてきた。
私たちは職業柄、20代の大半をスニーカーとジーンズで過ごしてきた。
それが仕事をするときの戦闘服だったのだ。
「15年前と今着ている服装がほぼ変わっていないことが
一番の問題なんじゃないかと思ってさー、今度、家にある服全部買い換えようかな」。
格安の焼肉店で女二人、格安のお肉をモリモリ食べながら、
女子力とは何か、、、について話し合う独身女の構図は
端から見たらどんなに痛々しかったことだろう。。
そのとき私は改めて気が付いたのだ。
自分たちが30代の、後半に差し掛かっていることに。

主人公の女の子は29歳。
7年間同棲している恋人には何も不満はないのに、
結婚となると、何かが違う。
だけど年齢だけはどんどんおばさんに近づいていく。
若さが失われることを恐れ、歳をとることを恐れ、
周りが変わることも、自分が変わっていくことも怖くなり、
何もかもにやる気をなくしてしまった。
仕事も辞めて、「女の子」でいることも辞めた。
それでも自分の中に眠る「女の子」が時々疼きだし、悩み、苦しむ日々。
そんなある日、姉に言われた一言が、彼女を救う。

「幸せを、生活を怖がっちゃだめよ。
明日が来ることはこわがることなんかじゃなくて、祝福するべきことじゃない?」

とても気持ちがいい言葉だと思った。
そして思い出していた、29歳の頃の私を。
私はあの頃、とにかく焦っていた。
年齢だけはどんどんオトナに近づいていくのに、
でも精神的な年齢はそれに追いついていない。。。
ドラマで見ていた29歳はもっとオトナだったのに。
自分はまだスニーカーを履いている。
30になる前に、早くオトナにならなければ。
オトナに憧れ、背伸びをした。
休日、友達とのランチは渋谷から麻布十番に変えた。
昼間からビールを飲んでみたり、
トイレットペーパーも以前より少し高いものを選ぶようにした。
好きな人に会うときのために、おしゃれなブーツも購入した。
私が女の子でいるには気合いと根性が必要だった。
しかしそんなものは長続きするはずもなく…。
そのうち無理がたたり、精神的にやられ、なにもかも面倒になった。
トイレットペーパーはその店で1番安いものを買い、
休日は家に引きこもるようになった。

そして…
三十路を前にジタバタしていたあの頃から数年経ち、
再びスニーカーで過ごすことが多くなった。
ヒールを履くときは、デスクワークしかない日、と決めている。
そんな私は未だに独身、結婚願望など皆無に近い。
だけど女をすてたわけではない。
まだまだ女でいたい、と思っている。
そしてしばらく眠らせていた「自分の中の女の子」を
そろそろ起こしていいころなのではないか、と思っている。
熟しすぎる前に。
主人公のお姉さんの言葉を借りるならば、
乙女は心意気なのだ。