こんにちは、みゆです。
みなさんは、思春期に手や足のサイズに関して悩み事はありましたか?
私は人よりも小さいことで悩んでいました。
現在は、足のサイズが23.5cmで、ワイズがC。
手のサイズは、手長162mm手幅68mm手囲165mm、薬指のサイズが8号。
ちなみに身長は160cmです。
今となっては周りの女性と比べても平均的かなと思うのですが、中学生の頃はかなり小さい方で、よくクラスの男子たちにからかわれていました。
中学生くらいの男の子ってこういうつまらないことでいちいち張り合おうとしてくる人いますよね。
当時から私は中性として生活していたので、手を合わせたり靴を並べたりして「やっぱり小さいな〜」とか言われる度に、私は冷めた目でその満足気な男子を見つつ、うんざりしていました。
周りの男子の足はすでに25くらいあって、手も私よりかなり大きくて比べられることがよくあり、煽られることもあったので悔しかったんですよね。
あとは私の手が、他の女子と比べても変わらないか小さくて細いことで羨ましがられたり落ち込まれたり些細な嫌がらせをされたりと、色々とめんどくさかったのです。
私より大きいことで男としての尊厳を保とうとしているクラスの男子のその器の小ささに、よくムカついていました。
その点、当時付き合っていた彼氏は背も高くていろいろ大きくて逞しかったです。
いつの時代もですが、やっぱり余裕がある男性って素敵に見えますよね。
それから色々あって、
高校1年の最初の1ヶ月は、男性用の26cmの靴に詰め物をして無理やり履くようになりました。
しかし、そのせいで靴擦れ・捻挫・爪が割れたり、とにかく足の怪我が多かったので痛くてすぐやめましたが。
まあ高校生にもなると、中学のときみたいな幼稚なうざ絡みをしてくる人はいなくなり、手や足が小さかろうとからかわれることはなくなったので、やめても特に問題ありませんでした。
しかし男性用の靴で23cmって滅多にありませんから、子ども用か女性用の靴しか選択肢がありませんでした。
特にスニーカーとかローファーは、男性女性が共用できて、デザインに大きく差も出にくいので当時は多用していましたね。
あれはすごくいいと思います。
うちの高校は規則がかなり緩くて、私服で登校もできたりと、中性として生活するにはうってつけの学校でした。
さらにプールが無かったことが決め手でしたね。
小中学のときのように授業を休むこともしなくて済みましたし、誰かに自分の身体を見られたりする心配もあまりありませんでした。
まあその分、偏差値も高かったので受験勉強は大変でしたが、この高校を選んで本当に良かったなと思います。
あとは時期的に、ユニセックスやジェンダーレスといったオーバーサイズの服などで身体のラインを隠せるものがちょうどファッションとして流行っていたんですよね。
その流れに上手く溶け込めたので、私は自分の女性のような身体をある程度隠すことができたので、あまりストレスなく、中性として高校生活を過ごすことができました。
高校生の頃はまだホルモン治療していなかったので胸はそこまで目立つほどではありませんでしたが、歩くときに揺れて痛かったり気づかれないか不安だったのでナベシャツやスポブラなどは手放せませんでしたね。
ただ私の場合それ以上に、腰やお尻のラインの方が隠すことに苦労していた記憶があります。夏場は特に大変でした。
私は15歳当時、身長152cm、バストが75-63、ウエストが54でヒップが80あり、はっきりとくびれが目立ってしまうことですごく悩んでいました。
そのため男性用の服だと、どれもサイズが合いませんし、服自体もどうしても好きになれなかったので、身体を隠せるようなファッションが流行ったのは個人的にすごくありがたかったです。
しかし当時の私は自分のこの身体の状態を気に入っていましたし、中性として心と体の同一性があったので、特に体型を変えるつもりはありませんでした。
ちなみにメイクは中学からしていましたが、本格的にやり出したのは高校からですね。
私は物心ついた時から、男性用の服に全く興味が持てませんでしたし、男性用だと特にお尻と腰のサイズ、そして肩のサイズが合いませんでした。
そのため、昔からよく女性用の服や靴を着ていたのですが、中高では学校内では中性として生活していたためデザインは中性的なものからしか選べませんでした。
高校2年くらいのときから、少しずつ学校の外で女性として過ごすようになりました。
まあ顔と体と声のせいもあり、中性の服装をしていても初対面だと女性だと思われることが多かったので、普通におしゃれして街へ遊びに行くくらいの軽い感覚だったと思います。
女性として生活するための服や靴を選んでいたとき、私のサイズにぴったりのものがたくさんあることがとにかく嬉しかったですね。
この頃くらいから妹と身長や体格がほぼ同じになったので、妹と服や靴を共有したりメイク道具を貸し借りしていました。
その後、私は幸いなことに女性として知り合った友人や彼氏にも恵まれて、女性としての割合を段々と増やしていきました。
大学生になる少し前から常に女性として生活をするようになり、学内で堂々と女性用の服を着れるようになったことが嬉しかったことを覚えています。
以前のように、サイズ感が合わないということはほとんどなくなり、いろんな種類のたくさんの服から自分の着たいものを自由に選べることが楽しくて、ついつい買いすぎたりしました。
しばらくして、私はホルモン治療を受けるようになり、自分の女子のような身体が段々と大人の女性の身体へと変化していくうちに、
私が本当に望んでいたのは女性として生きることだったのかと気がつき、性別適合手術を受けることを決心しました。
それまでの反動からか、私は中性的なものを身につけなくなり、女性らしい体のラインを綺麗に見せてくれる服をよく着るようになりました。
私も友達が着ているようなかわいい服がずっと着たかった…!
もともと私は物心ついた頃は女の子のような格好を好んでしていたので、制限が無くなれば当然そうなりますよね。
中性的な服はほとんど処分しましたが、一応ぶかぶかの彼シャツみたいな感じで着れるので、最初は部屋着として置いていたものもありますが、彼氏の服を借りるからこそ価値があるのだと気がついて捨てちゃいました。
スニーカーとかローファーはもともと女性用を履いていて、シンプルなデザインなので今も履けることは履けますが、着たい服や履きたい靴を優先してるので出番は少なめですね。
さて、これは余談なのですが、
私はこのように「中性や無性別」というワンクッションを置いて、女性への性別移行をしてきたわけなのですが、
大学のときネイルサロンに行った際、手が細くて綺麗ねと褒められて、中学のときは複雑な気持ちになった言葉が、全く同じ言葉でも単純にすごく嬉しく感じました。
「男の子なのに」という隠れた枕詞が付かないだけでこんなにも意味が変わるものなんですね。
こんなことならもっと早く、女性として割り切って生活していたら良かったと思いました。
高校までは「女性として生きたいか」ということへの知識や勇気、そして「それが十分実現可能か」という確信が足りなかったので、私は「中性や無性別」という立場を盾にして自分自身と周りの人に対して誤魔化してきました。
今思えば、なんてめんどくさい遠回りをしてきたんだろうと笑ってしまいますね。
しかし、当時の私は「中性として」は受け入れられてもらえていても、完全に「女性として」となると受け入れてもらえないかもしれないという恐怖が半分。
もう半分は、「私は私」でそれ以上でも以下でもないので、穿った色眼鏡で見られることからただ逃れたかったのです。
物心ついた時から性別違和を感じながらも、それを言ってはいけないことだと子どもながらに感じて、自分の心を押し殺してしまうこの社会が変わっていく日はいつか訪れるのでしょうか。
ではまた♪
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