こんばんは。
23歳のわたし。
こんなアホみたいなブログを書いていた私は23歳になりました。
👮マンにはならず
👵介護士になりました。
後悔してません。
尊敬できる上司👩🏻⚕️に出会い
毎日笑ったり😀怒ったり🤨しながら
じーちゃんばーちゃんと過ごしております。
ここで誰にも言ってない話をしてみましょう。
このブログ見てる人そういないからな。笑
私のじいちゃんは2年ほど前に亡くなりました。
入院してから家では暮らせなくなって
施設に入りました。
お見舞いにはほとんど行きませんでした。
施設にもほとんど行きませんでした。
お母さん達はお見舞いにはほぼ毎日
施設には1週間に1回必ず行ってました。
それでもたまに会いに行くとじいちゃんは
俯いて笑いもせずうとうとしてました。
事務所に忍び込んで
お菓子🍭を取ろうとして転んだと施設から電話が来たこともありました。
施設で暮らしてたおじいちゃんは、肺炎になりまた入院しました。
お医者さんに覚悟してくださいと言われました。
その時に気づきました。
私じいちゃんに何にもしてあげてない…。
気付いた時には寝たきりでした。
その日から亡くなるまでじいちゃんは
自分の口から食べ物を食べることは出来ませんでした。
トイレにも座れず、管に繋がれてました。
ずっと天井を見つめてました。
でも家族が来ると手をギュッと握ってくれました。
頑固なじいちゃんは、いつの間にか寂しがりやのじいちゃんになってました。
気付いた日からは、なるべくじいちゃんに会いに行きました。
名前を呼んでくれたこともありました。
私の問いかけに頷いてくれました。
じいちゃんがそんな時に私は就活の時期でした。
私は、👮♀️🚔を目指していました。
だけど、元からおばぁちゃん子だった私は
やっぱり介護の仕事がしたいかもなあ〜。なんて思ってました。
だけど、気のせい気のせいと頭をブンブンしてました。
そんな時に、じいちゃんが入院し思いは一層強くなりました。
就活生の私は企業ガイダンスに参加しました。そこに偶然福祉の企業さんが来てました。
介護士とは少し違う生活相談員を募集してました。
話を聞いて私は決めました。
介護の仕事しよう。生活相談員になろうと。
まみーに相談しました。
警察じゃなくて、介護の仕事をしたいと言いました。
まみーは、生活相談員なら。。と。渋々でしたが、みさのやりたいことなら応援するよ。ただし警察の試験は受けなさい。言ってくれました。
だけど私は思いました。
介護の勉強を全くしてない私が生活相談員なんて出来なくね。。。。?
と。
なので私は、介護士を目指すことにしました。
親には特に相談しませんでした。笑
警察の試験も申し込みまでして
当日に放棄しました。
ゴメンナサイ。
私は、一般企業の福祉の会社の試験に臨みました。
二次試験まで受かりましたが、辞退しました。
理由はここでは言いません。
ということで、東京の施設へ見学行ったり
県内の施設を何ヶ所か回りました。
東京の施設の方は是非来てくれと言ってくれました。
なぜか実家から2時間離れた県内の施設へも見学へ行きました。そこでは、さすがに遠すぎるから考え直しな( ˙-˙ )と言ってくれました。
バカだと思います。
色々回るけどしっくり来る施設はありませんでした。
友達の勧めでハローワークへ行きました。
そこで紹介された施設へ行ってみることにしました。
それが今の職場です。
とても丁寧であったかい雰囲気だなって感じました。
試験受けようか迷ってたけど、話はどんどん進み試験日まで決まりました。
まー受けてみるか。と軽い気持ちで受けてみることにしました。
この時、大学に通いながら、週1で初任者研修という資格を取るために介護の学校にも行ってました。
試験1週間前。。。。
じいちゃんが亡くなりました。
頑張って頑張って亡くなりました。
亡くなる前日とっても苦しそうで、ずっとそばにいてあげたかったけど、家族が倒れたら元も子もないよ。と知り合いの看護士さんが言ってくれて
ひとまずお家に帰って休むことになりました。
じいちゃんに帰るからね頑張るだよ
って声をかけたら頭を振りました。
多分、一人にしないでって言ってました。
明け方に病院から電話が来ました。
脈が弱くなってきてると。
家族みんなで家を飛び出してじいちゃんのところへ駆けつけました。
じいちゃんは真っ白で息はほとんどしてませんでした。
だけど心臓はゆっくり動いてました。
私達が来るまで待っててくれました。
少しすると心臓も止まりました。
看護士さんがじいちゃんをきれいにしてくれました。
痩せて入れ歯があってませんでした。
少し出っ歯になってました。
みんなでじいちゃんがずっと帰りたかった
お家🏠に帰りました。
色々な人がじいちゃんに会いに来てくれました。
お坊さんがじいちゃんの昔の話を聞いて、じいちゃんにふさわしい戒名をつけてくれました。
賢くて温かい人という意味の戒名でした。
つづく。
23歳のわたし。
こんなアホみたいなブログを書いていた私は23歳になりました。
👮マンにはならず
👵介護士になりました。
後悔してません。
尊敬できる上司👩🏻⚕️に出会い
毎日笑ったり😀怒ったり🤨しながら
じーちゃんばーちゃんと過ごしております。
ここで誰にも言ってない話をしてみましょう。
このブログ見てる人そういないからな。笑
私のじいちゃんは2年ほど前に亡くなりました。
入院してから家では暮らせなくなって
施設に入りました。
お見舞いにはほとんど行きませんでした。
施設にもほとんど行きませんでした。
お母さん達はお見舞いにはほぼ毎日
施設には1週間に1回必ず行ってました。
それでもたまに会いに行くとじいちゃんは
俯いて笑いもせずうとうとしてました。
事務所に忍び込んで
お菓子🍭を取ろうとして転んだと施設から電話が来たこともありました。
施設で暮らしてたおじいちゃんは、肺炎になりまた入院しました。
お医者さんに覚悟してくださいと言われました。
その時に気づきました。
私じいちゃんに何にもしてあげてない…。
気付いた時には寝たきりでした。
その日から亡くなるまでじいちゃんは
自分の口から食べ物を食べることは出来ませんでした。
トイレにも座れず、管に繋がれてました。
ずっと天井を見つめてました。
でも家族が来ると手をギュッと握ってくれました。
頑固なじいちゃんは、いつの間にか寂しがりやのじいちゃんになってました。
気付いた日からは、なるべくじいちゃんに会いに行きました。
名前を呼んでくれたこともありました。
私の問いかけに頷いてくれました。
じいちゃんがそんな時に私は就活の時期でした。
私は、👮♀️🚔を目指していました。
だけど、元からおばぁちゃん子だった私は
やっぱり介護の仕事がしたいかもなあ〜。なんて思ってました。
だけど、気のせい気のせいと頭をブンブンしてました。
そんな時に、じいちゃんが入院し思いは一層強くなりました。
就活生の私は企業ガイダンスに参加しました。そこに偶然福祉の企業さんが来てました。
介護士とは少し違う生活相談員を募集してました。
話を聞いて私は決めました。
介護の仕事しよう。生活相談員になろうと。
まみーに相談しました。
警察じゃなくて、介護の仕事をしたいと言いました。
まみーは、生活相談員なら。。と。渋々でしたが、みさのやりたいことなら応援するよ。ただし警察の試験は受けなさい。言ってくれました。
だけど私は思いました。
介護の勉強を全くしてない私が生活相談員なんて出来なくね。。。。?
と。
なので私は、介護士を目指すことにしました。
親には特に相談しませんでした。笑
警察の試験も申し込みまでして
当日に放棄しました。
ゴメンナサイ。
私は、一般企業の福祉の会社の試験に臨みました。
二次試験まで受かりましたが、辞退しました。
理由はここでは言いません。
ということで、東京の施設へ見学行ったり
県内の施設を何ヶ所か回りました。
東京の施設の方は是非来てくれと言ってくれました。
なぜか実家から2時間離れた県内の施設へも見学へ行きました。そこでは、さすがに遠すぎるから考え直しな( ˙-˙ )と言ってくれました。
バカだと思います。
色々回るけどしっくり来る施設はありませんでした。
友達の勧めでハローワークへ行きました。
そこで紹介された施設へ行ってみることにしました。
それが今の職場です。
とても丁寧であったかい雰囲気だなって感じました。
試験受けようか迷ってたけど、話はどんどん進み試験日まで決まりました。
まー受けてみるか。と軽い気持ちで受けてみることにしました。
この時、大学に通いながら、週1で初任者研修という資格を取るために介護の学校にも行ってました。
試験1週間前。。。。
じいちゃんが亡くなりました。
頑張って頑張って亡くなりました。
亡くなる前日とっても苦しそうで、ずっとそばにいてあげたかったけど、家族が倒れたら元も子もないよ。と知り合いの看護士さんが言ってくれて
ひとまずお家に帰って休むことになりました。
じいちゃんに帰るからね頑張るだよ
って声をかけたら頭を振りました。
多分、一人にしないでって言ってました。
明け方に病院から電話が来ました。
脈が弱くなってきてると。
家族みんなで家を飛び出してじいちゃんのところへ駆けつけました。
じいちゃんは真っ白で息はほとんどしてませんでした。
だけど心臓はゆっくり動いてました。
私達が来るまで待っててくれました。
少しすると心臓も止まりました。
看護士さんがじいちゃんをきれいにしてくれました。
痩せて入れ歯があってませんでした。
少し出っ歯になってました。
みんなでじいちゃんがずっと帰りたかった
お家🏠に帰りました。
色々な人がじいちゃんに会いに来てくれました。
お坊さんがじいちゃんの昔の話を聞いて、じいちゃんにふさわしい戒名をつけてくれました。
賢くて温かい人という意味の戒名でした。
つづく。