一昨日の8月31日11時に大宮駅の新幹線口で待ち合わせした。
多田さんとは、多くのほかの同級生と同様に高校時代一度も話したことは無い。。。(*_*)が、このお見舞い金をお渡しする日時の調整えなどで、この1週間で何度か電話をした。
印象としては、堅実でちゃんとして方だなーって感じです。
1週間ぐらい前から多田さんへのメッセージを同級生にお願いして、50件ぐらいいただいていたので、その文面から多田さんの、おとなしいけど、人柄の良さも感じていた。
そして、8月31日、前日から東京入りしていて、朝9時にホテルを出発して、待ち合わせの大宮駅に向かう。
今回の訪問は一人ではない。同級生の吉村君を無理やり連れてきた。
僕の広島→東京の往復旅費は、同窓会幹事と相談の上、今回の同窓会費用から賄わせてもらうこととしたが、吉村君は自腹。。。(僕と折半して払ったけど。)仕事も無理やり休ませて、一緒に行った。
僕「吉村ー、多田さんとも会いたいじゃろう?し、被災地も一回見たいじゃろう?」
吉「うーん、そうじゃねー」
僕「了解、じゃー30日~2日まで仕事休みとってね。よろしく」
この会話で決定!
なんせ、一人では新幹線退屈だし寂しがり屋だからね(自己中)(>_<)
って、理由だけでなく、多田さんとは1年の時同じクラスになってしゃべったことあるって言ってたしね。
そして、当日、東京を9時ごろ出て大宮には10時すぎには到着。
多田さんと会った後に、被災地訪問することにしていたので、12時ぐらいの新幹線のチケットをとっておいた。
仙台まで一番早い東北新幹線の「はやて」は全車指定席だから。
多田さんとはあまり長くしゃべれそうにないだろうけど、あまり時間とりすぎて、小さいお子さんがおられると聞いてたし、ご迷惑にもなってはいけんだろうから、それぐらいの時間の新幹線とることにした。
10:30ごろ多田さんから連絡あって、迷いながらも大宮駅で会えた!
ベビーカーを押しながら、1歳?のミクちゃんを背負いつつ、ちょっと疲れた表情の中、恐縮してくれながら、何度も「ありがとね」とか言ってもらいながら喫茶店に入った。
それから、多田さんの状況を聞いた。
まるで初対面とは思えないぐらい、お互いリラックスして、本音で沢山話した。
満員の喫茶店で、多分この2時間で話した量は誰にも負けないだろうってぐらい。
途中で、お子さんのことを心配して、隣のおばちゃんがかわるがわる子供をあやしてくれている。
なんとなく、被災・・・・がどうのこうのと話が聞こえたのかもしれない。東京人はいつも思うが、皆親切だ!
多田さんとの密度の濃い話をダイジェストで書くとこんな感じ
・お父さんの自衛隊の仕事の関係で高校時代呉に住んでいた
・それ以外、呉に縁もなく、お父さんも地元の北海道で生活
・被災するまでは、ご主人の関係で福島県の郡山市に住む
・被災して5日後?ぐらいに3号機が爆発するのを見て、すぐに引っ越しを決めた
・お子さんは1歳と5歳
・震災では、家の中は無茶苦茶になったが、住める状況にある
・福島原発からの距離はおよそ70キロ
・指定避難地域外のため、国からお金は一切出ず
・だが子供が白血病にかかったらという恐怖心から移住を決めた
・東京の親戚の家に一時避難の後、埼玉県の春日部市にアパート借りて、二人のお子さんと生活
・ご主人は仕事のために、地元に残り、週末に会う生活
・二重生活のため、とにかくお金がかかる。。。
・実家がクマが出没するような北海道の奥地のため、実家に帰ることもできず
・高校の同級生とは実家が呉にも無く少なくなっていた
そのような大変な状況を聞きつつ、高校の同級生から暖かいメールを沢山もらうなどして、大変喜ばれていた。
そして同級生~のメッセージもお渡しして感動してました。
育児で大変そうなので、一人一人への返信はしなくていいですよと念をおしておきましたので、皆さんへの返信は無いかもしれませんが、心は伝わっています。
多分、話すのがそんなに得意ではない多田さんも、本当沢山話をしてくれた。
僕が持参したのは
・皆さんからお預かりしたお見舞い金
・メッセージ(50枚ぐらい)
・ついでにコロチャンのブログ打ちだして
・広島の土産&メロンパン少し
※メロンパン中塩君はまた送るそうだが話のネタに
・同級生の写真、同窓会での写真
・同窓会グッズ一式
僕は多田さんとお会いしたその日も、翌日も被災地にも行きましたが、人とのつながりの大事さを実感しました。
多田さんとは2時間弱のお話でしたが、今後もなんらか同級生に呼びかけつつ、微力ながら役立っていきたいと思った。
多くの同級生がそう思っているにちがいない。
もし、自分が多田さんの状況だったら?
多分、金銭的にも精神的にも苦悩に苛まされる日々。
まわりに知人はおらず、実家は遠い北海道。頼れる親戚もいない。
同級生が頼りになってもいいのではないとかと思う。
このお見舞い金を渡して終わりではなく、これから何かもっとちゃんとした手助けを同級生とともに考え実行していきたいと思った。
被災地もまわったり、被災地でもいろいろ話を聞いたが、多田さんとの話が一番印象に残った。
そして、漠然とした義援金や支援ではなく、手助けすべき人が目の前にいるので、僕らは具体的に何かすべきだし、できると思う。
また皆さんに呼びかけますのでご協力よろしくお願いいたします。
これは、多田さんに限ったことではなく、今後も突発的な災難が誰しも起こりえます。
そんな時、頼りになるのは親戚だけでしょうか?同級生も頼ってもらっていいし、役立つべきだと思うのはきっと僕だけではないと思う。
今回の多田さんとのお話や被災地訪問を通じて、「縁」の大事さを僕自身も身に凍みることになった。「円」ばかり追いかけてきた自己中人間(>_<)の俺も少しは、変わらないといけない。
新幹線の時間も迫って、喫茶店を出た。
多田さんとおとなしいお子さんと分かれる時、「また会う!」という確信を持ちつつ、分かれた。
がらにもなく握手もした。
抱擁を交わしたいぐらいの気分だったが、さすがにそれはお互い。。。(*_*)
多田さんは恐縮しっぱなしで、「ありがとね」とか「皆さんによろしく伝えてね」とか俺らを気づかってばかり。
だいぶ歩いて多くに人混みにまみれて、振り返ってみたら、多田さん子供おんぶしながら、喫茶店の前で立ちすくんで俺らを見送ってくれていた。
僕は、多田さんの人柄あふれるそんな姿を見ても、照れて手を振ることもなく、「俺らが見送らんといけんのに・・・、えー人じゃねー」と思いつつ。。。
再会を心に誓いながら新幹線のホームに向けて歩いた。
今回を通じて、心がだいぶ成長したように思うし、8月31日は僕にとって転機になるように思った。
多田さんから皆さんへのお礼のメッセージもいただいておりますので、またブログに掲載しますね。
追記
mixiメンバーからどうだったか書いてーってことだったので、ストーリーチックに書き始めたが、すぐに挫折してダイジェスト化!
まあ、ボチボチ書きますね。