先日の2年9組の同窓会回想日記をmixiでいろんな人が書いてくれています。
その、第一弾としてtinkさんのブログをそのまま転載!
初めての日記とは思えないほど、いい文章ですね。
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タイトル:「不惑の同窓会」
新年1月3日、呉宮原高校2年9組の同窓会を開催した。名づけて、不惑の同窓会。
しかし、「遊びの宮原」と言わしめた呉宮原高校の同窓会である。さすがに紅顔の美少年、秀麗な美少女の集まりではないにしても、新年早々、不惑ながら、ワクワクの同窓会でした。
そもそも、今回の同窓会の発端は、去年の夏、8月に開催された「学年全体の同窓会」の後の9月、今回、幹事となったモーリシャス氏とK田さんから私への電話である。夏の「学年全体の同窓会」についての、他愛もない話が弾んで、学年全体ではなく、2年9組に限定した同窓会の話題になり、なんとなく私も幹事3人衆の一人になってしまった次第である。
今回の同窓会の開催準備として、案内ハガキを2年9組の皆に送付する際、3人ほど行方が分からない方がいたけれども、K田さんと手分けして探して、最終的にはクラス全員に案内ハガキを送付することができた。
高校卒業後、20数年が経過して、呉市内はもとより、東京、大阪、そして、遠く韓国にも同窓生の活躍の場は広がりを見せており、ハガキ作業を通してだけでも、社会の中堅となって活躍しているみんなの勇姿が実感でき、心が躍った。
そして、10月にはクラス全員に電話をした。高校時代、全くお話をしたことがない方もいるわけで、電話に相手が出てくれるまで、高校生が告白をする時の心境のごとく、私は心臓が飛び出そうなくらいドキドキした。この時ばかりは、瞬間的にではあれ、女子高生に戻っていたかもである(笑)。
そんなこんなで集まった21人。不惑の同窓会のはじまりである。21人のうち、5人は、すでに昨年夏に「学年全体の同窓会」の時に会っているが、その他の同窓生は、久しぶりの面々であった。
当日、幹事衆の一人である私は、昼12時開始の1時間前に会場である「大和温泉」に到着した。
既に受付には、モーリシャス氏の姿。その横に、今回、韓国から参加してくれたH田ともちゃんが!ともちゃんは、変わらないあのステキな満面の笑みで私の名前を呼んでくれた。それから、だんだんと人が集まり始めた。2年9組ではないけれど、3人ほど同級生も突然参加してくれていた。
皆がそろった時点で、一人ずつ自己紹介。途中、今回急に参加できなくなったH野君が大阪からケータイに電話くれたりで、わきあいあいと過ごした。
mixiをしている人が2年9組には8人くらいいて、mixiをしていない人も、つぶやきや日記ネタで大いに盛り上がった。いくつかのグループで個々にトークがはずみ、あっという間に1次会の終了時間の16時。
2次会は、「ナイト」で。2次会からT内君が参加してくれた。彼も仕事だから欠席だと一度は連絡いただいたが、2次会からでも参加していただければ・・とお願いしたら、快く来てくれた。ここでも、2年9組ではないけれど、ルッコラさんと@rigoさんに突然参加していただき、かなり場が盛り上がった。
3次会は、会場を予約していなかったので、適当にれんが通りの居酒屋さんで。ここでも、けっこう皆参加してくれた。結局23時まで皆、飲みながら会話を楽しんだ。高校時代、全く話をしたことのない人でも、よく話していた人でも皆と普通に話しができた。家族の話とか、仕事の話。
そして、シンデレラの時間となり、「遊びの宮原」の美少年・美少女も、不惑へと舞い戻ることになり、不惑の同窓会は幕を閉じた。
帰途につくみんなの後姿が、一瞬、高校生当時の姿とオーバーラップして見えたような気がした。ふと我に戻った幹事3人衆の一人の私としては、手前味噌ではあるが、皆に満足してもらえて、この同窓会は成功したと思う。しかし、何よりも、満足したのは、活躍する同窓生の姿に勇気付けられた私なのかもしれない。
不惑の同窓会は、後にも先にも1回きりである。しかし、この同窓会を機にして、数年ごとに定期的に同窓会を開催する計画も検討することとなった。今後とも、いろんな話を語り合える仲間がいることは、大切な財産であると思う。もはや惑っている場合ではない。
がんばれ宮原、がんばれ私、がんばれ東北。なんてね。
BY tink
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tinkさんが、「マジでブログに掲載したんじゃー」って今頃赤面していると思うので、皆さんのご感想、コメント欄によろしくお願いいたします。m(__)m




