mcz-mossanのブログ

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昨日のももクロ紅白卒業の発表・ニュースを受けて、様々なメディアでちょっとした騒動になっている。

紅白を大事に思っている人やももクロをあまり知らない人たちから非難を受けるのは仕方がない部分もあると思う。
紅白のような大きな舞台、歴史のある舞台に対して、ももクロのような若手が安易に発してよい言葉ではないと思うし、そもそも「卒業」するようなものではないとも思う。


しかし、ももクロを応援しているはずのモノノフたちが、モノノフ達のことを考えて発せられたであろう「卒業」という言葉に対して、「残念だ」「期待外れだ」「運営は何をしてくれたんだ」と非難する声が多いのは少し我慢ができなかった。

そこで「卒業」という言葉が出るに至った流れを自分なりに考えてみたことを少し書かせていただけたらと思う。
これは何の根拠もない全くの想像である。
しかし、昨日出てきた情報やメンバーのブログ(書いている時点ではももかとあーりんとかなこ)、今まで見てきたメンバーやスタッフの人たちの性格を考えて、どの状況が一番しっくりくるか考えたものである。

この考察はモノノフに向けられたものであるし、紅白の選考基準や再びももクロが紅白に出る是非について書くものではない。「卒業」という言葉がなぜ出てきたのかを考えたものである。


前提を整理しておかなくてはならないと思う。

①「卒業」という言葉は「モノノフのみなさんへ」という題の文章の中で、オフィシャルサイト・AEサイトに出たものである。

②本来なら、紅白出場者発表⇒ももクロ落選が明らかに⇒「モノノフのみなさんへ」となるはずだった流れを、どこかの情報のフライングにより、「ももクロの紅白卒業」という言葉が1番初めに来てしまった。

③この時期から手配して、年越しライブの会場と放映先が奇跡的に確保できてしまった(これはもちろん嬉しいことだし、スタッフの人たちの努力のたまものである)

以上の3点の前提(特殊性ともいえる)を考えて、下記に私の考察する流れを書く。


まず、スタッフ(おそらく川上さん)がももクロの紅白落選(の可能性)を知る。(これは直接聞かされたのか、今まで3年間はあったはずのスケジュール調査がなかったことから気づいたのかわからない)

そこで、メンバーのためにも年末年始をモノノフと過ごせる状況を作るため、カウントダウンライブの場所などを探し、奇跡的に確保する。

メンバーを集め、紅白の落選(の可能性)を伝える。(この場には5人のメンバーが欠けることなくいたと考える。もしいない場合でもWEBなどでつなぎながらでも、みんなが揃う状況にしたと思う。)
メンバーをはじめすべてのそこにいた人が悲しく悔しかったはずである。

それから、カウントダウンライブの場所を確保しているしていることを伝え、ライブを行うかを相談し、ライブをすることに決める。

次に2016年は紅白を目指すのか、カウントダウンライブを行うのかの決断に迫られたはずである。
なぜなら、紅白を目指すこととカウントダウンライブを行うことの両立は不可能だからである。

紅白がだめだと決まってからでもライブを行えると考える人がいるかもしれない。
今回がたまたま奇跡的に場所が確保できただけであり、その奇跡で確保できた場所でさえ、「キャパが小さい」など不満が出ている始末である。
(今回抑えれた豊洲PITも昨年は及川光博さんの年越しコンサートが開かれている)
多くの人が納得できる会場を抑えるにはかなり前から動かなくてはならない。

カウントダウンライブをしながらでも、紅白に出れるという人もいるのかもしれない。
ライブがあるから歌う順番を早めてもらい途中退出する?それとも、ライブ会場から中継で紅白出場する?
それこそ、「何様だ!!」である。
いままで、そんな若手を見たことがあるだろうか?そんなことができるのは、そこまでしてでも紅白に出てほしいのは、かなりの大物の方たちだけである。

このような理由から、重大な、あまりに重たい二択を迫られたはずである。
そして、これからはモノノフ達と一緒にカウントダウンライブをしていく道を取ったのである。(あくまで、紅白を選ぶ事の是非を話しているのではない。)

ここで「紅白落選」と「カウントダウンライブ」の2つを発表すればいいだけなのだが、ある気がかりが生まれたのであろう。
メンバーからなのか、スタッフからなのかはわからない。

カウントダウンライブをしていくことを決めたとして、「モノノフ達は来年こそは紅白に出れると信じてくれているんじゃないだろうか?」「紅白にももクロが出ることを楽しみに待っていてくれるんじゃないだろうか?」という気がかりである。

ももクロにとっても紅白は大事なものだが、モノノフにとっても「ももクロが出る紅白」は大事なものであるし、そのことをメンバーやスタッフはもちろん知っている。

そこで「来年からも紅白には出れない」「でも、カウントダウンライブという新しい試みを全力で頑張っていく」「ももクロにとってもモノノフにとっても、思い入れの強い紅白に出れないのは悔しいし、悲しいけど、前に進むって決めました」という思いを込めての『卒業』という言葉だったのではないだろうか。

今まで「ももクロが出る紅白」を大事に考えてきてくれたモノノフへの感謝を込めての、
これからモノノフと一緒に新しい道を歩んでいきたいという思いを込めての、
『卒業』であり、『ありがとうございます』であり、『歩き続けます』であるのではないだろうか。

『卒業』という言葉が「落選を取り繕うため」の世間に対する「言い訳」や「逃げ」であるはずがない。
なぜなら、『卒業』という言葉は「モノノフのみなさん」へ送られた言葉であるし、
そもそも「ももクロ紅白落選」が発表になった後に出るはずだった言葉であるからだ。

メンバーやスタッフが紅白に出れないことが「悔しくないはずはない」のだ。
しかし、メンバーやスタッフがカウントダウンライブで年を越せるということが「楽しみじゃないはずもない」のだ。

我々ができることとすれば、これから彼女たちが見せてくれる新しい道にドキドキ・ワクワクすること以外にあるのだろうか。

以上、初めてのブログゆえの駄文・長文でしたが、ご覧いただきありがとうございました。