オバ半のアイドルといえば、星野富弘さん。体育の先生で授業中に首に大けがを
して全身麻痺になってからの闘病記と、口だけで描いた絵と詩集。
どこのおばさまの家にもある、彼の絵や詩のカレンダーや絵はがき。 私も彼の絵
や詩が大好きざます。風の旅という本から一部を引用させてもらいました。
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渡良瀬川(わたらせがわ)
私は小さい頃、家の近くを流れる渡良瀬川から大切なことを教わっているよう
に思う。
私がやっと泳げるようになった時だから、まだ小学生の頃だろう。ガキ大将達
につれられて、いつものように渡良瀬川に泳ぎに行った。その日は増水していて
濁った水が流れていた。流れも速く、大きい人達は向こうの岸まで泳いで行けた
が、私はやっと犬かきが出来るようになったばかりなので、岸のそばの浅い所で、
ピチャピチャとやって、ときどき流れの速い川の中心に向かって少し泳いでは、
引き返して遊んでいた。
ところがその時、どうしたはずみか中央に行きすぎ、気づいた時には速い流れ
に流されていたのである。元いた岸の所に戻ろうとしたが流れはますます急にな
るばかり、一緒に来た友達の姿はどんどん遠ざかり、私は必死になって手足をバ
タつかせ、元の所へ戻ろうと暴れた。しかし川は恐ろしい速さで私を引き込み、助
けを呼ぼうとして何杯も水を飲んだ。
水に流されて死んだ子供の話が、頭の中をかすめた。しかし同時に頭の中にひ
らめたものがあったのである。それはいつも眺めていた渡良瀬川の流れる姿だっ
た。深い所は青青と水をたたえているが、それはほんの一部で、あとは白い泡を
立てて流れる、人の膝くらいの浅い所の多い川の姿だった。たしかに今、私がお
ぼれかけ、流されている所は私の背よりも深いが、この流れのままに流されていけ
ば、必ず浅い所に行くはずなのだ。浅い所は、私が泳いで遊んでいたあの岸のそば
ばかりではないと気づいたのである。
「・・・・そうだ、何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか」
私は体の向きを百八十度変え、今度は下流に向かって泳ぎはじめた。するとあ
んなに速かった川の流れも、私をのみこむ程高かった波も静まり、毎日眺めている
渡瀬川に戻ってしまったのである。下流に向かってしばらく流され、見はからって足
で川底を探ってみると、なんのことはない、もうすでにそこは私の股ほどもない深さ
の所だった。私は流された恐ろしさもあったが、それよりも、あの恐ろしかった流れ
から、脱出できたことの喜びに浸った。
怪我をして全く動けないままに、将来のこと、過ぎた日のことを思い、悩んでいた
時、ふと激流に流されながら、元いた岸に泳ぎつこうともがいている自分の姿を見
たような気がした。そして思った。
「何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか・・・・流されている私に、今できるいち
ばんよいことをすればいいだ」
その頃から、私を支配していた闘病という意識が少しずつうすれていったように
思っている。歩けない足と動かない手と向き合って、歯を食いしばりながら一日一
日を送るのではなく、むしろ動かないからだから、教えられながら生活しようという
気持ちになったのである。
星野富弘著 風の旅 株式会社立風書房出版より (20p.21p) 引用
続きは買って読んでくれ。







