アメリカ人は非常に面白い民族である。合衆国という多民族国家に生を受け居住しているにもかかわらず、異言語で会話される事を非常に嫌う。アメリカではほぼスペイン語が第二外国語として定着し、アメリカ人の大半がある程度のスペイン語を理解することができる。スペイン語ならまだしも、これが日本語であろうものなら、彼らの顔色にその感情を見て取ることができる。
私は聞いてみた。異国の地で同郷の日本人に会えば日本語で会話を交わすことは至極当然のことで、そのこと、そしてその会話の内容など、アメリカ人連中には一切関係なく、無論彼らの悪口を並べ立てている、ということは決してない。ゆえに、我々の“えー?日本のどこ出身?”的な同胞の話題には一切感知しないでもらいたい、ということを伝えた。某アメリカ人はそれに対してこのように返答していた。“いやぁ、僕のこと悪く言ってるんじゃないかな、って思ってさ”。アメリカ人とは実にダブルスタンダードなところがある。口ではこうだ、と言っていても、心の中では全くそんなこと微塵も思ってない、とか、表現一つとってみても、二通りの解釈があり、それに対して“ It depends on you”といった、完全に聴き手に解釈を委ねる、という表現をする。
同時に、アメリカ人は“自民族優越主義”なところがあって、”俺は英語以外の言語は知らないし、また話せない”というアメリカ人は結構多い。英語イコール、インターナショナル・ラングエージとして定着しつつある昨今、彼らの英語至上主義・自民族至上主義であるのは一切構わないのだが、一応“アメリカ合衆国”という国家に生を受けている以上、我々マイノリティの身になって、マイノリティ・コミュニティとアメリカ人コミュニティの二つのコミュニティに生きているということを知っていただきたいし、他言語で会話する、ということを普通に受け入れるという体制は必要だ。
そして、“私の、そしてアメリカの陰口は言わないでねー”というアメリカ人の懇願の背後で、“アメリカってこういうとこ嫌じゃない?”って決して連中の前では口にできないことを日本語で並べ立てる。アメリカに住んでいて“ストレス解消”の方法の一つなのである。
そちらもダブル・スタンダード。そしてこちらも“本音と建前”で行こう!でいいじゃないか。