私は瀬戸内で育った。だからというわけではないが、1日の食事のうち、どこかで魚を食べる生活を当たり前に送ってきた。

 

それからその後、東京や大阪で暮らした時は、瀬戸内の魚は味が濃くて美味しかったんだなと。当たり前に食べてた日常はとても貴重だったんだなと、気付かされた。

 

アメリカに来て、新鮮な魚を食べることの難しさをさらに痛感。比較的、手に入りやすいサーモンやタラでなんとか誤魔化しながらも、定期的にやってくる青魚が食べたい欲。

 

 

↑そんな欲を少しだけ満たしてくれるのがトレジョの缶詰シリーズの鯖とイワシ。どれもオイル漬けだけど、無駄に味付けをされていない分、使い勝手がいい。身はふっくら柔らかく、塩分も控えめだから、お醤油とワサビで立派なご飯のおともになるウインク

 

 

↓肉厚なサバがぎっしり入っている。骨も皮も処理済み。大葉や大根おろしがあればなぁ。

 

 

アメリカで生活していると、例えばこんな風に、ご飯のおともがひとつでも増えること、ポメロというフルーツが予想以上に美味しかったこと、玉ねぎが新玉ねぎになっていたこと、そんなことがとても嬉しいおねがい


 

アメリカに住んでもうすぐ2年。「嬉しいのハードル」や「楽しいのハードル」は確実に下がってきているような気がする。でもそれって、めっちゃいいことやんって思ったり。


だからもし帰国したら、いちいちオーバーリアクションをしてしまいそうで怖い。いや、絶対そうなる。


周囲からは、この人はアメリカに行ったから反応もアメリカンになったんだな、と思われるかもしれない。でもそうではなくて、ただ単にハードルが下がっただけなんだけど。


それをいちいち説明するのも面倒だから、アメリカンになったと思われておこうかニヤリ