SUZUEIについて

   

興津SUZUEIは、千葉県勝浦市の興津にある元民宿を再生した地域創生型シェアハウスです。

   

白砂の海岸とエメラルドグリーンの海を感じる特別で素朴な日常がここにあります。

   

息をのむほど美しい興津海岸や守谷海岸の近くで二拠点居住、体験居住をはじめ、インターネット環境も整っているのでワーケションにも最適です。

   

SUZUEIの創設コンセプト

   

​ SUZUEIはただの住居ではなく、地域創生を目的としたシェアハウスで、

   

施設のコンセプトは、「DIY」と、「コミュニティ」、「関係人口」です。

   

 単に「施設をDIYで改修していく」というだけでなく、ここに関わる人達がコミュニティを形成し、「地域課題と向き合いながら、地域自体をより良い形にDIY」していって欲しいという思いを込めています。

   

 地域の未来を盛り上げていくという社会課題に対して、どのような取り組みができるのか考え、都市部と外房・勝浦地域の人口シェアを実現をする事の重要性を感じました。当シェアハウスをきっかけに、ぜひ勝浦への週末移住や二拠点生活を多くの方に体験していただき、施設での交流を通してまだ知らないような勝浦の魅力を知って欲しいです。

        

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「シェアハウスとしてのミッション」

   

 勝浦市は都心から最も近くにある美しいビーチロケーションを誇ります。

   

 

   

 一度この地を訪れた人で、この魅力的な地の海の近くに住んでみたい! と思う人は少なくないでしょう。

   

   

 勝浦の綺麗な海の近くでの生活に興味を持っている方に、移住前のファーストステップとしての、体験居住できる環境を提供する事がSUZUEIのミッションです。

   

   

なお、これまでに7名の方がSUZUEIの入居により勝浦市に住民票を異動しています。(2023年末時点)

   

眺望絶佳な海岸ロケーション

   

   

 東京から1時間半というロケーションながら、まるで沖縄の海のようなコバルトブルーの海岸。水の透明度と白砂の美しさは千葉県の他の海岸とは別物。

   

千葉県勝浦市には都心から最も近い白砂の美しいビーチがあり、特に興津海岸はその中でも最も波が穏やかです。

   

   

 興津SUZUEIはオーシャンビューとまではいきませんが、興津海岸まで徒歩2分。テレワークの合間や仕事終わりに、海岸まで散歩してリフレッシュするというのは最高に贅沢です。

   

 興津では、一年を通して近くの漁港で釣りができ、夏には海水浴や磯遊びSUP等のマリンスポートも楽しめます。

   

   

 また、興津の隣にある守谷海岸までは徒歩16分程度。こちらは快水浴場百選・日本の渚百選にも選ばれる景観美で、ボーッと海を眺めているだけで勝浦の素晴らしさを感じてもらえると思います。

        

興津海岸砂浜2

興津SUZUEIは、千葉県勝浦市の興津にある元民宿を再生したシェアハウスです。

白砂の海岸とエメラルドグリーンの海。

息をのむほど白砂が美しい興津海岸や守谷海岸の近くで、二拠点居住や週末移住、ワーケションを体験できます。

勝浦は100年猛暑日が一度もない、最近注目の避暑地でもあります。

 

 

 

 

以下WEBサイトからの転載です。

 

 

SUZUEI(鈴栄)の歴史

興津SUZUEIの前身は「民宿鈴栄」という老舗の民宿で、そこを2021年に再生したスペースです。

民宿鈴栄は、昭和42年頃オーナーの鈴木実、静枝夫婦により始められました。

ご主人は、当時第5鈴栄丸という漁船で漁業を経営されていて、そのころの漁は好調で景気がとても良かったそうです。

しかし、漁業の漁獲量というはその日その日で浮き沈みの大きいもの。

先々を考え、より安定的に収入を得られるような仕事を考えていきたいという事で、漁業ともう一本の柱として旅館業を始めようと思った事がきっかけで始まりました。

「民宿鈴栄」という名前は、

鈴木さんの漁船「鈴栄丸」からきていて、

思い入れのある大好きな漁船であった事と、鈴栄丸と同じように追い風に乗って繁栄していきたいという願いも込めて「鈴栄」という名前に即決されました。

 

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 その当時の興津では、ホテル清海楼旅館が2件、民宿が3件。そのうちの1件が「鈴栄」でした。

 まだ保健所では「民宿」という名称がなかったので、名前は「旅壮鈴栄」でどうですか?と言われ、当初はその名前で営業していました。

 それから3年目くらいでしょうか。地域に同じような形態の宿が一気に増えていき、「民宿」という名称が世間で一般化していきました。

民宿組合もでき民宿全盛の時代に入り、「民宿鈴栄」という名前が誕生しました。


 

「民宿鈴栄」では「鈴栄丸」がとってきた新鮮な鮮魚等も食卓に出していて、それは訪れるお客様にとても評判でした。

 そこから長い間、民宿経営は順調そのもの。スタート当時は6畳部屋が2部屋と、8畳部屋が1部屋のみでしたが、宿泊希望が到底追いつかないので新たに増築をおこない、最終的には現在のように総部屋数が19部屋まで建物は大きくなりました。

夏の時期には60-70人もの人が泊まりにやってきて、毎日満室となる程の賑わいぶりが続きました。
 

静枝さんが30歳の時に始めた民宿鈴栄。

時は流れ民宿全盛の昭和の時代を経て、バブルがはじけ平成の時代に入ります。

時代の変化の中で、お客さんは民宿よりもホテルというスタイルを好むようになり民宿衰退期になっていくと、興津の民宿数も半分くらいになっていきました。


そんな民宿の全盛と衰退の時代を経ながら、長く民宿を続けてきた鈴木さんですが、ご主人がなくなり、静枝さんも70後半に差し掛かりました。

人も建物も年を重ねていき、消費者趣向の変化、体力低下、後継者がいない等の理由も合わさり、惜しまれながら遂に民宿を閉める決意をされました。

平成27年の事でした。


 

民宿を営んできた49年という歳月を思い返すといろんなドラマがありました。

毎日たくさんの方が泊まりに来てくれました。

興津を楽しんで笑顔で帰っていく姿を見送る。

「民宿鈴栄」が人々の沢山の笑顔と声で賑わい活気に溢れていた夏。

日々慌ただしくはありましたがとても充実していました。それは静枝さんがもっとも生きがいを感じる時間であり、民宿鈴栄は鈴木さんご夫妻の人生の歴史といえるそのものでした。


 

今後、民宿とは違う形で新たに船出する「鈴栄」。

「ここにまた多くの人が訪れ未来に向けて繁栄していけるように祈っています」と話されていました。

令和元年はコロナ渦。「先行きの見えない濃い霧に包まれたこんな時世ですが、強い追い風を受け新しい時代に向けて前に前に進んでいって欲しいです」と最後にバトンを渡していただきました。

「興津SUZUEI」という名前は、鈴栄に敬意を込め、その歴史や思いを引継ぎをもちながら、ここからまた新しい時代の航路を切り開いていきたいという願いを込めました。民宿鈴栄に負けないくらい人々の力をいただきながら前に強く進んでいきたいという思いで2021年再び出航します。