HEIKE2010 -6ページ目

タル・ウィルケンフェルドの衝撃

聴いてビックリ。

タル・ウィルケンフェルド、22才の女性ベーシスト。
この程、マイアイドルジェフベック大先生が来日される。来日メンバー決定とのことで覗いてみたら知らない名前がベーシストに。検索かけたところ映像出てきたので好奇心でDL。以下思考ログ。

おー、ベック先生だ。あいかわらずだねー。ニコニコ。
わー。「悲しみの恋人達」だ。うんうんいい曲だよね。まあこの音出てる限りこの人イチバーン。間違いネ。
えっ、ココでベースソロ?
えっ、なんだコイツ。つかこれベース?
しかし音域はベース、映像も通常のベース。ヤボったいオネーチャンが、寧ろ一生懸命って感じでベース弾いてる。その姿はサークルの発表会で頑張る学生さんのような雰囲気ですらある。
が、出てくる音の並びは素晴らしい。
目を閉じて聴けば、どう考えても30過ぎの経験豊かなベーシストのイメージしか作れない。しかし女性らしさがきちんと入っており、真っ直ぐに「自分の音」を出してることがワカル。
エミリー・レムラー?いや。
女性らしい演奏を行うミュージシャンの顔がいくつか浮かぶが、また違ったタイプだね。
はっきりしてるのは、主体が彼女であって、ベースではないということ。これは素晴らしい。
あるプレイを「これが私です」と言い切ることが出来るのは、ある意味プレイヤーにとっての夢だと思うのだが、彼女はらくらくそれをクリアしているようだ。隣でギター弾いているオヤジがそうであるように。
もっとも、であるが故に今はあんまりウケないだろうな、とも思う。
彼女の中身が熟成した時、演奏も熟成するのだろう。

イヤイヤ、来日が楽しみ。

ちなみに技術も凄いです。まあ私的にはそこはそんなに興味ないんですが。

アイデアを羅列

どんな作品を作るか、手近なとこだとCDだ。
物語の各段をテーマに曲を作り、かつトータルで機能するように構成してアルバムを作る。
持っているスキルとしては選択し安い一方、問題も一杯ある。
仮に聞いて貰えて気に入って貰ったとしても、物語を味わって貰えそうもない。
歌劇の曲とか、関心は音楽方面に偏り、ストーリーに注目がいくことがないような気がする。

一方、ストーリーだけでは吸引力が薄い。題名や、あらすじなどは教科書で習う訳だし、味見する前に「あれかー」と既に知ってる気になるんではないかな。
んだから単純な朗読とか、放送劇じゃ美味しくないだろう。音楽は活躍出来るんだけどさ。
漫画、これは強い。キャラクターをしっかり作っておけば、イメージを損なわずして非常に幅広い層にアプローチ出来る。ただ強い魅力である世界観を表現出来るんだろうか。うーん、まあその前にマンガ書けもしないし、書く知り合いもいないんだが。
アニメ。だいたいマンガと一緒だな。もっと手間かかるんだろうな。
ゲーム。まあ本命だ。「○○の野望」が果たした役割はスゴイと素直に思う。音楽が受け持つ役割が狭いが、色々な人にアプローチできる。
一応この方向で考えている。

具体的なことを考えよう

アホみたいに「平家物語」と唱えているが、さて、どんな形式であれば聞き手の耳に、馴染むんだろう。
いやその前に、物語自体が持っているベクトルを整理しておきたい。
まあどうコロンでも自分目線になる。それが他の人に共有出来るかという問題は棚に上げといて、有効そうなポイントを抜き出してみるべ。
圧倒的なものとしては末法テイスト世界感による「諸行無常」な滅びの響きがある。
ギリシャ悲劇ともタメがはれる、世界有数の悲愴感じゃないかと思う。正直シェークスピアとか悲しくなりません自分。
叙事詩では「ローランの歌」や「ベオウルフ」とか、もちろん「イーリアス」とか悲愴感バリバリではあるのだが、人あるいはモノではなく「時代」あるいは「社会」の滅びを吟うという点に置いては唯一無二ではなかろうか。ラグナロクもストーリー的には相当救いのない話だとおもうのだが導き出される感覚はやはり違う。
登場人物(平氏一門)が、なにか粛然と運命を受け入れる様子は、なんだか知らないが凄い吸引力を持っていると思う。
いやいや知盛LOVE。
書いていることが酔っ払いじみてきた。
しかしながら、より多くの人が、たとえばお酒飲みながら「キムタクいいね」と話すように「敦盛美しいわ」「実盛オトコだね」とかお喋りするようになったらいいな、というのが願いです。

嗚呼、完全に脱線したので今日は寝る。