えいSHOW TIME‼ -3ページ目

えいSHOW TIME‼

ブログの説明を入力します。

先程更新した記事に一緒に書こうか
迷ったんやけど別々にわけました。
今回は真面目と言うか、リアルを
伝えたかったので別に書きます。


2014年に入り当たり前のように
時間が過ぎてく中、
一本電話がありました。

それは、新潟で1人で暮らしてる
おじいちゃんに末期癌が見つかった事

元々原発の建設で新潟に移住して
建設中に脳梗塞で倒れ
後遺症で左半身不随になり
糖尿病を抱えながら車椅子生活をしていたんです。

普段は
年に1回母が新潟に里帰りじゃないけど
1ヶ月くらい様子を見に行ってるんだけど
ここ1年以上は帰れない状況が続いて
そんな中、見つかった末期癌で母は泣きじゃくってた。


追い打ちをかけるかのごとく
2日後にまた、電話がなり、今度は
母の妹に末期癌が見つかりました。

母は酷く落ち込んでて
なんて声を掛ければいいか
正直わかりませんでした。

それからと言えば
とにかく新潟からおじいちゃんを
どうにかしてでも、
福岡に連れて帰って来ないと。
と言う話になって

お金をかき集め
病院とコンタクトを取りながら

新潟へカバン1つで
飛んで行きました。

病院で自分は3年以上振り?
ぐらいの再会でした。
相変わらずニコニコの笑顔には
ホッとしました。ですが、この時も進行は進んでおり
もう肩で息をしてました。

ゆっくりしてる暇はなく
家の引越しの準備 挨拶回り
役場関係の手続き ご飯の買い出しなど
めまぐるしい日々がつづきました。

そんな中ギリギリまで
決断に悩まされた転院手段。
脳梗塞があった為

飛行機は血管が萎縮して破裂
してしまうリスクを伴ってしまう。

新幹線は長時間になる為
身体にかなりの負担が掛かる

夜行列車はこの時既に廃線。

2択でしたね。
迷いながらも少しでも早く転院出来る様
飛行機に乗りました。

飛行機に飛び乗り
無事に転院出来た時はどっと疲れたのを今でも覚えてます。

無事に転院を終え
何十年ぶりの福岡で色々な人と再会し
沢山笑って沢山泣いて沢山苦しんで
最期は苦しむ事なく静かに眠りました。

お葬式も終え四十九日も終え
初盆も近づいて来た中

今度は母の妹の転院です。
元々鬱病で精神科に入院してた妹。

この精神科とは揉めました。
病院のプライド?かは知りませんが
治療法もないくせに
なかなかホスピスへの転院を
認めてくれなくて
結局ホスピス側の手続きで転院出来たんですけどね。

鬱病は深刻までとは行きませんが
癌の影響か日に日に衰弱していきます。

それでも

食べ物を食べる時は
”いただきます” 

食べ終わったら
”おごちそうさまでした”

なにかしてもらったら
”ありがとうございます”

ときちんと言います。

母の言うことを聞かないで
わがままばっか言って
母がおばさんは言うことを聞きなさい!
っていったら、速攻に”お嬢様よ”と
ぶっこんで来た時は皆で笑いました。


何が言いたいのか 何を伝えたいのか
上手くまとめれませんが、

どんな辛い事が重なっても
最後を看取る母の偉大さそして強さ
尊敬するし誇りに思います。
そんな力強い貴方の子供になれて
幸せです。ありがとうございます。


幸せってなんなのか。
普通ってなんなのか。
当たり前ってなんなのか。

少し失敗やトラブルや行き詰まりで
死にたいとか思わないで欲しい。

どんなに頑張っても
どんなに努力しても
明日が来ない人だって居る。

もがいてもがいてもがいた先に
必ず答えが待ってる。

少し考え方を変えたり
見る視点を変えたりすれば、
必ず違う物に見えてくると言うこと。

当たり前の事を
当たり前とするんじゃなく

周りに人が居る幸せ
明日が来る幸せ
生きれる幸せ

感謝する事を忘れないでおけば
人として成長出来るから。

沢山の事を学ばされました。
いや、学ばせていただきました。


生かされてるまんまに生きるんじゃなく
しっかり自分の人生造っていこう。


この記事を見た人、皆それぞれ
考え方が違うと思うし
悩みもあると思う。

今の現状に満足出来なくても
明日が来る事がなによりの幸せ。
だと言うことをわかって欲しい。


ぐちゃぐちゃで乱文な記事に
なってしまったけどこれが今のリアルです